『主』に棄てられた『騎士』ほど、惨めなものは無い。
『主』を喪った『騎士』ほど、憐れなものは無い。
――ならば、自分はどうなのだろうか。
スザクにはもう分からない。
惨めなのか、憐れなのか。
(どちらでも、無い。)
そして、どちらでもある。
ただ、はっきりしているのは、一つだけだ。

自分の隣にルルーシュが――スザクの『主』がいない。



たったそれだけだ。





枢木スザクにとって、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが真実庇護対象や、お姫様であった事など1度も無い。ただ護りたいと思ったし、白雪姫のように綺麗だと感じただけだ。
それは同じ事のように聞こえるが、スザクの中では明確な違いがあった。
――ルルーシュは庇護対象にはなり得ない。何ものからも傷つかない様に、誰かの創った箱庭の中でただ護られるだけの存在ではあり得ない。

彼は、そんな生易しい人間ではなかった。

彼は戦う人だ。周りを取り巻く不条理や、彼の大切なものを損なわせようとする全てから。人の上に立ち、周囲を率いて誰よりも早く先陣を切る。
生まれながらにして真実の『王』だ。
ルルーシュはナナリーさえ――護るものさえあれば、一人でも平気なのだ。本当は。スザクは気付いている。ルルーシュの本質は刃だ。誰かを害する為でなく、誰かを護る為に砥がれ続ける刃。
だから、ルルーシュを護りたいと思うのはスザクのエゴだ。
少しでも彼の血が流れる事の無い様に。闘いに疲れた時に、寄り掛かれる様に。彼の荷を少しだけでも分かち合える様に。
だからこそ、性急なまでに『誓い』を求めた。彼の傷を僅かでも減らす方法を求めた。
子供だったのだ。スザクも――そして、ルルーシュも。
ルルーシュも、『誓い』の意味を、真実理解してはいなかったに違いない。ただ、『初めて出来た友人』が望むから、その願いを叶えてやったに過ぎないのだ。長ずるに連れ、スザクはそれに気付いった。
そして、思い至った。――ルルーシュは、それを厭うてるのかもしれない、と。疎んでいるのかもしれない、と。結ばれた『誓い』を、ルルーシュは必要としていないのかもしれない。
だからこそ、スザクに何も知らせずに消え、今なお、その存在の片鱗でさえ伺わせないのではないかと。


スザクはルルーシュの死を信じていない。
信じていない、と、きつく心に言い付けている。心が砕けない様に。あの夏の終わりの、たった3文字の声を。義弟を悼んだクロヴィスの目を。ひたすらに思い出さない様に。
けれど、そう頑なに言い聞かせる度に、「それならば、何故」、という考えに辿り着く。何故、彼はスザクの前に現れないのか。――それは、スザクがルルーシュにとって不要の存在であるという事実に他ならない。
導き出される思考の果てにあるものは恐怖に近かった。不要とされる事への切迫した恐怖。
考えれば考えるほど、ルルーシュの生も死もスザクを苦しめる。その存在に苦しめられる、という事実に追い詰めていく。否定、否定、否定。否定だけが幾重にも積み重なっていく。悪循環だ。

結果、スザクは目の前に差し出された安っぽい温もりに縋った。
女だけが持つ、柔らかい肉の温もり。
長続きする筈も無く、すぐに駄目になってばかりだったが、皮肉な事にルルーシュの傍らに立つ為に得た『名誉ブリタニア人』という栄誉が、スザクにそれらを豊富に引き寄せた。
スザクは決まって髪の黒い女、肌が真っ白な女、目の色が紫に近い女ばかりを抱いた。始めは、その意味する所に気が付かなかった。目を逸らして、見ない様にしていたのかもしれない。
一人だけ、3つの内のどれにも当て嵌まらない茶髪の女と付き合った事があった。「あたしのことルルって呼んでね」と笑った女だ。スザクは彼女の名前すら覚えていない。
褥でその愛称を呼んだその時になって、漸くスザクは自分がいつも誰の面影を抱いているのかに気付いて、愕然とした。
ぬばたまの黒髪も、ぬけるように白い肌も、誰一人として持ち得ない紫電も――名も。
すべて、たった一人のものだ。
ただ一人が、持つことを赦された絢だ。

ルルーシュ、だけが。

ルルーシュを護りたいと思った。(そう、それ以外望んでない)
ルルーシュの傍に居たいと思った。(触れたい、と、思ったことなんて、)

――本当に?


本当に、あの存在を、手に入れたいと思ったことは無い、と?



自分が何をしていたのかに気付いたら、もう女達を抱く気にはなれなかった。
始めから逃避の手段でしかなかったけれど、それは酷い侮辱だと思ったからだ。彼女達にも、彼に対しても。

そうして、今度は夢を、見た。

夢の中で15歳のスザクが9歳の頃のままのルルーシュを組み敷いていた。
いまだ未発達の子供の細い肢体。15歳のスザクでも腕一本で押さえ付けられてしまえるほどに、小さな、あの日のままのルルーシュ。
あのむらさきが、快楽に涙で潤むのを見た。すべらかな白い肌が熱に染まるのを感じた。唇の甘さを思う存分貪った。
スザクの思うがまま好きな様に乱れる彼を、欲望のままに、つらぬいて。
これ以上は無いというほど、幸せで満たされていた。


――目が醒めて、しにたくなった。




結局の所、スザクは女達と手を切る事はしなかった。
女達を抱いた晩はルルーシュの夢を見ずに済んだからだ。ルルーシュを汚さずに済んだからだ。

…けれど、本当に。
本当にスザクはルルーシュを傷付けたいと思った事など1度も無かったのだ。
ただルルーシュが好きだった。ただルルーシュを求めていた。



それだけだったのだ。








2006.12.01