ルルーシュとの関係は、当初お世辞にも良好とは言い難かった。表面上は静かに、柔らかに。ルルーシュは五月蝿く付き纏うスザクに親切に接していたが、それが上辺だけの事であるのは、周りの大人達が気付かなくとも、スザクには分かった。
ルルーシュはスザクを見ない。向けられる視線は全て『日本の首相の息子』にであって、『枢木スザク』や、『枢木ゲンブの息子』にでさえ無い。
その視線をスザクは知っている。父の政敵がスザクを「見る」時の眼だ。
『この子供はどれだけの事を知っているのか』
『親しくして損得は、利益はあるのか』
『傷つけたら枢木の反応は』
『総理に対する影響力は』
スザクの背後だけを見る者の眼だ。

「駄目だよ、ルルーシュ」
触れてはいけない、と分かっていながら、スザクはルルーシュに声を掛けた。
木陰で二人きり。ルルーシュは、ゲンブと「政治上」の話し合いをしてきた後だった。そういう時のルルーシュはいつにも増して、のっぺりとした笑顔しか見せてはくれない。
――そして、なにも、みない。
「ルルーシュ、ひとを見る時は、そのひとを見ないと駄目だよ。
仕事の時以外は『その人以外の事』は考えちゃ駄目なんだ。」
ルルーシュが僅かに目を見張った。言葉の内容に、かもしれない。スザクが気付いていた事に対して、だったかもしれない。
スザクはこの事を学校で学んだ。その子と仲良くしたいのなら、その子の親を見ていては駄目なのだ。
どうにかルルーシュに伝えたくて、けれど上手く言葉が見付からなくて、スザクは泣きそうになった。

「ちゃんと、見ないと、ルルーシュは誰の事も見れなくなっちゃうよ。誰の事も、分からなくなっちゃうよ。独りぼっちに、なっちゃうんだよ、ルルーシュ」
「スザク、」
「ねぇ、ちゃんと僕を見てよ。僕はここに居るよ?ルルーシュの前に。
僕はルルーシュが好きだよ。一緒に遊びたいよ、仲良くなりたいよ。
それは僕の上に引っ付いているものじゃないよ。僕自身なんだよ、ルルーシュ。」
言っててスザクは悲しくなってくる。
どうにもスザクは、ルルーシュの綺麗な顔を前にすると、どきどきして頭が回らなくなるのだ。
「独りになっちゃうんだよ?そんなの僕は嫌だ。ルルーシュが、そんなに淋しいのは嫌だ。ルルーシュが悲しいのは嫌なんだ。」
「……でも、」
「ルルーシュ?」
「――それ以外の、みかたを知らない。」

ぽつり、とルルーシュが言った。たよりない、こえだった。

スザクもそれには気付いている。出会ってから、ひたすらにルルーシュと、ルルーシュに世話を焼かれるナナリーを見続けてきたのだ。
ルルーシュはそうでなければ、きっと生き残れなかった。そんな、場所に居た。スザクの正しさではすぐに殺されてしまうような、冷たい場所。
気を抜く事無く、常に敵と見方を見抜き、情報を最大限に得て、他人の善意と悪意を利用して。たった一人で頭を働かせて、ナナリーと、かつては母親をルルーシュは護ってきたのだ。
それこそ、生まれた時から、今まで、ずっと。

けれど、知って欲しかった。
「ここは、ブリタニアじゃないよ。」
ルルーシュの正しさが、必要ない場所も在るのだと。
「………」
「ここには、ルルーシュを傷付けるものなんて、何も無いよ。
それでも不安なら、僕が居るよ。ルルーシュが嫌がるものも、ルルーシュを傷付けるものからも、全部、護るよ。
ルルーシュを護るよ。」
もう、頭の中がぐちゃぐちゃだったが、勢いのままスザクは言いきった。
ルルーシュを護りたい。力になりたい。一緒に居たい。
それは紛れも無く、スザクの本心だった。
もしかしたら、始めて会った時から、ずっと。

「…話の主題がずれてるぞ、馬鹿。」
「へ、」
「支離滅裂だし。話してる内に興奮して、自分が何口走ってるのか判らなくなってるだろ。」
どことなく憮然として、スザクを見ながらルルーシュが言った。
その通りだ。思わずスザクは頷きそうになった。
「で、でも本心だよ。本気だよ、ルルーシュっ。僕は君が好きだよ。」
慌てて弁解すれば、今度は眉を寄せられた。
(珍しいな)
スザクに見せるルルーシュの表情は、いつも同じ様な、外交用の笑顔だけだったから。
「ぼたぼた泣きながら言うな。」
「うへぇっ?!」
「鼻水も出てるぞ」と指摘されて、スザクは大慌てで顔を拭った。情けないにも程がある。
ルルーシュは嘲うでもなく、じっとスザクを見ている。

「――護る、だなんて、簡単に言うな。」

ルルーシュの眼も声も、とても静かで、かなしかった。
「誰かを護るなら、その人の全部を抱え込まなきゃいけない。一緒に背負って、立ち向かわなければいけない。その人の大事なものも、ぜんぶ。」
ルルーシュのしろい、小さな手がゆっくりと持ちあがる。指先まで染み一つ無いしろさで、爪だけが桜色。
それが、泣いて熱を持ったスザクの目元にそっと触れてきて、スザクの心臓は跳ね上がった。つめたい指先が目元を冷やしてくれている筈なのに、頭に血が上ってきて、スザクは熱くてたまらなかった。

ルルーシュがスザクに自分から触れてきたのは、これが初めてだ。

「母を、護りたかった。母を厭うもの総て、僕が排除しようと思った。でも、それは出来なくて――母を、護り切れなかった。」
一瞬、ルルーシュの瞳が揺れて、けれどすぐに元に戻った。刹那に浮かんだのは、憎悪だと、スザクにも分かった。
「ナナリーだけは、もう傷付けさせない。何があっても、絶対に。ナナリーだけは、護り抜いて見せる。……だから、お前が言った事は、2人分、抱え込む事になる。」
「その覚悟があるのか」、とは問いかけず、ルルーシュはそっと身を引き、スザクに背を向けようとする。
咄嗟に、スザクは離れていった指先を捕らえて、柔らかく握った。
決してほどけないように。

それが、スザクの答えだ。

ルルーシュは驚いた様にスザクを見たが、何も言わなかった。
何も言わず、別荘までの道のりを歩いて行く。一緒に。
ルルーシュがスザクの言葉を信じきれていないのは分かってはいたが、今はまだ構わなかった。
ルルーシュが、スザクを『見た』くれたから。



その日、スザクは別荘に着くなり、唐突に倒れた。熱中症だった。ルルーシュと2人、日陰の涼しい場所に居たにもかかわらず。
スザクよりも体力の無いルルーシュはぴんぴんしていて、朝スザクが目覚めると枕元で「頭に血が昇って熱中症になるヤツ初めて見た。」と笑った。
スザクが初めて見た、ルルーシュの「笑顔」だった。








2006.12.01 Snow White's Intuition end