お初にお目に掛ります。自分はエリア11・ブリタニア同盟軍特派、科学技術開発局技術班、第7世代ナイトメアフレーム〈ランスロット〉の整備2班、班長の――
は?あ、いえ、自己紹介はよろしいので?はっ、了解しました。
では名前は名乗らずに失礼させて頂きます。

はい、今回の噂の件についてですね。
事の発端はユーフェミア皇女殿下一派の、枢木一等兵に対する『勧誘』なのです。殿下ご本人ではなく、殿下の『騎士』の方々の、です。はい。
以前までなら殿下の『騎士』の方々は枢木一等兵をあまり好ましく思っていなかったのですが――まぁ、それは仕方が無いでしょう。誰だって自分の主が己以外の人間を望む事を嬉しく思うなど無いでしょうし、その主の誘いを断り続けているのであれば、尚更気に入らないものです。――けれど、彼個人はともかくとして、ランスロットの力は認めざるを得なくなったのでしょう。他の皇族の方や貴族に取られるぐらいなら、という心境だったのだと思います。
それで一同、枢木一等兵の力を手に入れようとしたのですが、やはりと言うか、いつもの通りと言うか、すっぱり断られてしまった様で。
ユーフェミア殿下の方も今までは「『騎士』の方々が反対していたから枢木一等兵は遠慮して断っていた」と考えていた節がありますから、今回の件でそうも言っていられなくなり、兄君のクロヴィス殿下にご相談に行かれたようです。

それで今回の噂が広まった、と。

クロヴィス殿下も、件の第八皇子殿下には思い入れがある様で、枢木一等兵に関するもの以外にも、かなり故人の噂は流れてきました。
何でも、大変頭の良い方であったとか、母を同じくする妹姫の皇女殿下をひどく大切にしていたとか、それはそれは美しい方であったとか――様々ですね。
枢木一等兵はロイド主任から話を聞いていた時は頭を抱えていましたが、反論しなかったところを見ると、真実なのでしょう。

…放送がかかったのはその時でした。
『全軍に告ぐ!』、と。クロヴィス殿下です。もちろん。枢木一等兵が完全に突っ伏したのもちょうどその時です。
作業も全て終わったシートの上でしたから、特に被害はありませんでしたが、危険なので次回からは無いようにして欲しいと思います。
ちなみに枢木一等兵の噴いたコーヒーを片付けたのは自分ではありません。セシルさんがロイド主任にやらせていました。

『今、軍内部に我が弟に関する噂が飛び交っている様だが、今後一切、この件に関して口に出す事を禁じる!これは勅命である!』

――確か、こう仰せられました。
えぇ、上手くないやり方です。こんな風に放送されては未だ知らなかった者達にさえ、それこそ軍の隅々にまで噂は広まってしまうでしょうし、「言うな」と言われた所で、何の機密も含まれていない他愛ない噂話です。しかも恋愛方面の。口が軽くなるのは目に見えています。
男同士?軍隊ではそんな細やかな事をいちいち気にしませんよ。娯楽性の強い噂話でしたし。
しかも、その放送には続きがありまして。
『これで良かったかい?…って、うわ!ちょっ、止め…ごめんって、すまない!私が悪かった!話し合おうゼ――』
ブチっと。
スイッチを切り忘れていた為に余計な部分まで流れてしまったのでしょう。クロヴィス殿下には、そういう間の抜けた――ゴホン、愛らしいところがお有りになる方ですから。
殿下ご本人か、はたまた殿下の傍にいらっしゃった方かが咄嗟に気付き、放送を切ったのでしょうが、聞いている此方にしてみれば、まるでコメディでした。声の合間にゴンとかガンとかいう破壊音も聞こえてきましたし。
殿下の身の安全?それは大丈夫でしょう。上層部の方々にとってはいつもの事です。

それは兎も角も、その時の枢木一等兵の青ざめた顔と言ったら。
まるでこの世の不幸と言う不幸を詰め放題にした挙句、それをムリヤリ口の中に押し込められた様な顔でした。はい。逆にロイド主任は爆笑していましたが。
帰宅する時もブツブツと「バレた、バレた」と繰り返していました。ロイド主任は「大変ですねー。大変ですねー。」と、鼻歌を歌ってまして、今回の主任のプチ流行は「大変ですねー」らしいです。前回は「残念でしたー!」でしたが。枢木一等兵のおかげで、最近では主任もどんどん明るくなっていくように感じます。第二皇子のシュナイゼル殿下の下に居た頃はもった陰湿な方だったと聞きますから、職場がすごし易くなって良い事です。

あぁ、申し訳ありません。話しがズレてしまいましたね。
クロヴィス殿下の放送の最後――『ゼ』と言いかけたのは、おそらくゼロ様の事を呼ばれたのでしょう。枢木一等兵もその事に気付いて、だからこそ青褪めた様です。
ゼロ様の事は――あぁ、知りませんか。
ゼロ様はこのエリア11の実質上の指導者と言うか、影の総督というか、まぁ、言わば参謀のようなお方です。実際に、何か役職をお持ちでは無いのですが、エリア11がここまでイレブンの皆さんにとっても暮らしやすい場所になったのは、あのお方のおかげです。
…ブリタニア人の自分が言うのも可笑しな話ですが、7年前、ブリタニアがここに移ってきた当時はイレブンを蔑視するのが当たり前でしたし、奴隷のように考えていた者さえ多くいたと聞きます。
本国は、未だにそうなのかもしれませんね。
それを変えていったのが、ゼロ様です。――表向きは、もちろんクロヴィス殿下ですが。
ゼロ様は、表に出る事を何より好れまない方のようですので、殆どの者は知りません。何とはなしに気付いてはいても口には出せないでしょう。都市伝説のような方ですから。はは。

枢木一等兵も2年前まではゼロ様の事を欠片も知らなかったのですが、ロイド主任がきっかけで知るに至りました。
何故枢木一等兵が青褪めたか?
さぁ、それは――判りました。お話します。
予想は付いているでしょうが、枢木一等兵は周囲には秘密で『主』を持っておりまして、つまりはそれがゼロ様なのです。もしくはその『主』に非常に近しい立場にいるお方であるか。
枢木一等兵の『主』は死んだはず?
えぇ、そうです。死亡したとされております。
嘗ての『主』と今現在の枢木一等兵の『主』が同一人物であるのか、はたまた違うのかは自分には判りませんが、兎も角も現在において、『騎士の誓い』を立てた方がいらっしゃるのは確かな事実です。
総てを架けてでも、護り抜くひとの居る眼です。今の枢木一等兵は。
何故それをユーフェミア殿下に話してしまわないで、ひた隠しにしているのかは、自分の知る所ではありません。上の方々には上の『事情』が御座いますから。
兎も角も、枢木一等兵はゼロ様、或いはゼロ様を通した『誰か』に今回の噂を聞かせたくなかったのでしょう。若しくは噂が広まったという事実を隠したかったか。
理由は勿論、『その方』にとって噂の存在自体が邪魔なものであったか、噂が広まる事で『その方』にとって、芳しくない自体が起こる可能性があるから、かもしれません。――第八皇子殿下の噂が。

――いいえ?自分は特に何も調べ上げてはおりません。
けれどパイロットの方々にとって己の愛機は戦場に於いての言わば半身のようなものですから、それを預ける整備の人間とは信頼関係を結んでおかなければならない訳でして。中にはうっかり口の滑りも良くなる方も多くて。
枢木一等兵はそんな事は無いのですが、彼の場合、2年前と現在との落差があまりに明け透けでしたので。自分は、枢木一等兵がランスロットのパイロットになる以前からの付き合いですから、どうしても詳しくなってしまうのですよ。
まぁ、ロイド主任の場合は、自ら率先して詮索している様ですが。

ご存知かもしれませんが、枢木一等兵は2年前までは本当に荒れていまして…。
何と言うか、物腰は丁寧ですし良く笑うのですが、時々目が虚ろになり、ここでは無い何処か別の場所や時間を生きている様な雰囲気がありました。女性関係も凄まじかったと記憶しております。
――ゼロ様の噂を知ったのも、この時期です。
その話を訊いた時の枢木一等兵の表情は、何と言うか、まるで憑き物が落ちたような、永い悪夢から漸く眼が覚めたかのようでした。
はい、そうです。ゼロ様の事をお話したのは自分です。自分が情報通だというのは仲間内では有名な話ですし、ロイド主任も自分がすぐ傍に居たからこそ、話を振ったと思われる節があります。嘘か真か、情報の内容にまでは責任は持てないのですがね。
ただ、その時の枢木一等兵は並々ならぬ様子でしたから、出来るだけ『本当』だと確信の持てる話を教えました。
それと自分の体験から受けた『直感』を。
ここだけの話、自分はゼロ様にお会いした事があるのです。――正確には自分が勝手にゼロ様と認識しているに過ぎないのですが、その方も否定なさいませんでした。
枢木一等兵が自分に話を訊きに来る少し前でしたから、確かランスロットのデヴァイサーを選出し始めた頃だったと記憶しています。

うつくしい方でした。

本当に。技術屋なものですから、クロヴィス殿下や貴族の方々の様に気の効いた台詞回しは出来ませんが、ほんとうに。
目を、否応無しに奪われる、というのは後にも先にもあれが初めてでした。
夏の盛りの暑い日で、蝉がひどく煩かった筈なのに、何も聞こえて来なくなりまして――。
あぁ、いえ。止めましょう。あの時の事を言葉にする事など出来はしません。
…その方は私に少し枢木一等兵の事をお尋ねになられると、誰にも見られる事無く、すぐにお帰りになられました。
この事は枢木一等兵にも話しておりません。お止めされておりますので。件のお方に。
お会いした事は話せなかったのですが、おかげで枢木一等兵にゼロ様の容貌を伝える事は出来ました。
真っ白な肌に真っ黒な髪。瞳の色は紫。
――意地が悪い?いいえ、親切心ですよ。

この出来事は今でも自分の宝物です。今の自分がいる切っ掛けでもあります。他人に話したのは今回が初めてです。ゼロ様に関する事は、本来ならば最大の機密事項ですから。知る人間は殆どいませんがね。
そうそう、第八皇子殿下も同じ様な彩をお持ちだったとか。今回の噂では流石にそこまでの情報は触れられてはいませんが。
意味はありません。独り言と聞き流して下さい?

その後、枢木一等兵は1週間以上無断で欠勤しました。それまでは皆勤でしたし、当時はかなり問題になりまして、あわや除籍か軍法会議かという所まで話が持ち上がったのですが、枢木一等兵は誰にも理由を言いませんでした。
ただひたすらに謝罪を繰り返し、沈黙を守り抜きました。
ただ、自分がこっそり「捜し求めていたお方には、あえましたか」と声を掛けたら、ふわり、と。それはもう幸せそうに笑って、頭を下げました。
枢木一等兵はそれから変りました。過去の彼は知りませんから、何とも言えないのですが、「元に戻った」という表現の方がしっくりきます。絶えず眼にあった澱みは消え、女性関係もきれいに断った様です。今ではユーフェミア殿下ぐらいでしょう、噂になるのでさえ。

今回の噂の最終的な顛末は、申し訳ありませんが自分には未だ判りません。他愛ない噂で終わってしまうのか、それともブリタニア本国をも巻き込む火種となるか――
枢木一等兵の帰宅後?そこまで詮索するのは野暮というものでしょう。真っ赤に腫らした彼の左頬のためにも自分は沈黙を守ります。

あぁ、もうこんな時間ですね。申し訳ありません。余計な事まで話し込んでしまいました。やはり自分も誰かに教えておきたかったのでしょう。あの方に関する事を。
この後ジェレミア卿の所に呼ばれていますのでそろそろ失礼致します。自分は中々腕利きなのですよ。
――『別の意味』でも?はは、ありがとうございます。
ロイド主任からは「王の耳」という渾名まで頂きました。誰も知りませんがね。
知ってます?ダレイオス一世。








2006.11.17 名も無き整備兵の口述。end