『ルルーシュ、今日もこの後学校だよね? 送っていくから寝てなよ』
「途中までで良い。歩いて帰る。」
『でも、』
「目立ちたくない。」
スザクの提案を突っぱねて、けれど確かにルルーシュは眠ってしまいそうだった。
何だかんだ言って、スザクとランスロットの居る状況に、興奮していたのかもしれない。
ランスロットは、ルルーシュにとって、思い入れの強い機体だから。
来た時と同じく、掌の上で風を防いでくれる指に凭れ掛かりながら、ルルーシュはランスロットの頭部を見上げた。

ランスロットに、AIは無い。
自律稼働する意思は無いのに、なぜ適合率などというものがあるのか、と不思議に思ったものだが、今ならば判る気がした。
ランスロットのAIは、スザクなのだ。ルルーシュは、そう結論付けた。
ランスロットを完成させる為の、最期の要素。ロイドならば「パーツ」という言葉を使う、それ。
スザクのパイロットとしての技能以前に、スザク自身の意思が、感情が、記憶が必要だったのだ。
ランスロット自身に、それらを生み出す能力は無くとも、スザクが搭乗する度に、それらは少しずつ、ランスロットに記録されてゆく。
呼吸数、脳波の動き、脈拍の変化、体内物質の活動の仕方。全てをデータの一つとして。0と1だけで構築される判断パターン。

(反射、なのかもしれない。)

人間が繰り返し、何度も行なってきた動作を、頭で考える以前に体が無意識のうちに行なっている様に。――ランスロットが、スザクが判断するより早く、その金属で出来た四肢を動かす日が来るのかもしれない。
今日の、ルルーシュを助けたエラーのように。
きっと、その日が来ても、スザクが乗っている限り誰にも判りはしないのだろう。けれど、そうなったら、もうスザク以外の誰もランスロットに乗ることはできない。ランスロットはルルーシュ以外の誰も護ろうとはしない。
スザクが同調する度に、適合率は上がってゆく。ランスロットは『学習』していく。そして、いつしか他のデヴァイサーが搭乗した時、ランスロットはそれを異物だと『判断』する。

『<自分>ではない。』と。

軍にしてみれば、これ以上は無い失敗作だろう。どこまで計算して設計したのか知る術は無いが、ロイドも何を思ってランスロットに嚮導機構を造ったのだろうか。
いつもふざけた顔で笑っている、ランスロットの生みの親である狂科学者を思い出して、ルルーシュは馬鹿馬鹿しいと自分の思い付きを笑った。――もしかしたら、本当にランスロットはルルーシュの為に造られたのかも知れない、などと。
シュナイゼルが連絡を寄越したのが、ちょうど1年前の今日であった事を、ルルーシュは覚えている。かつては自分と似ていると思った義兄も、今のルルーシュにとっては何を考えているのか判らない異形でしかない。
ルルーシュが、変わったから。
「…お前にぬくもりを感じる、と言ったら可笑しすぎかな。」
ランスロットの掌は、暖かく、優しく、ルルーシュを護ってくれる。
動いているランスロットを見るのは今日が初めてだったが、実はルルーシュは1年近く前からランスロットを見てきている。ランスロット以外の誰も、そんな事は知らないが。
腕が無かったり、外装が違っていたり、実験段階の時もあった。訪れる度に、何処かしこが変わっていき、それでも同じ様にルルーシュを迎えてくれる白いナイトメアが、ルルーシュは好きだった。
電力が通っていても、デヴァイサーが居ないのだから、センサーアイがルルーシュを認識していたとは思わない。
だから、そのランスロットがデヴァイサーにスザクを選んだ時には、2重の意味で嬉しかったのだ。

ランスロットは『ゼロ』の機体だから。――ゼロ、つまりはルルーシュが搭乗するという意味でなく。

(これはスザクには言わない方が良いな)
ヘソを曲げそうだ、とルルーシュはくすりと笑んだ。

ナイトメアが造られた当初、一機造るのにも莫大な費用がかかった。量産するなど夢のまた夢、という時期だ。
それでも開発を続けたい軍に皇族や貴族が己の私財で援助を申し出た。ナイトメア一機の所有権――私物化を条件に。…ようは一機造る為の金を出すから、それで造ったナイトメアは自分の物とさせろ、という理論だ。
勿論、パイロットは軍人な訳だから、実際に彼等が好き勝手使える訳では無いので名目上だけの事だが、それでも私有する軍事力の誇示にはもってこいだった。
だから、「ナイト」メア。『主』の所有する機体こそが意味を持ち、『騎士』であるということ。中に乗る人間は関係無い。パイロットはあくまで『騎手』でしかなかったのだから。
もっとも、量産が可能になれば、そんな『主』と『騎士』の関係は意味を持たなくなり、中世の時代より細々と続いてきた主に剣を捧げる騎士の方とごっちゃになって、今現在の機体と共に『主』に忠誠を誓う『騎士の誓い』へと様変わりしたのだ。
しかし、意味を持たなくなっただけで、無くなった訳ではないのだ。現に、量産されているナイトメアにもわざわざ『主』を登録する個所がある。「name:」とだけ表示される為に、勘違いされてパイロットの名前を入力される事が多いのだが。

――ランスロットの『主』の欄には、「ZERO」と、登録されている。
ルルーシュが勝手に――生体データの一部と共に――登録した。しっかりと隠して、ブロックを掛けておいたので、ロイドでさえ気付いていない。 何故そんな事をしたかと理由を挙げるなら、ルルーシュはランスロットの性能が怖かったからだ。
有事の際、ランスロットが誰の手元に在るのか。それだけで戦局はいとも容易く変わるだろう。味方ならば良し、だが敵方の時の事などルルーシュは考えるだけで背筋が冷えた。
だからこそ、自分を『主』として登録した。
たとえランスロットがルルーシュの敵となっても、ルルーシュを『認識』すれば、攻撃しないかもしれないという可能性に賭けて。他のナイトメアには無い、ランスロットの『認識能力』に期待して。分の悪い賭けだ。それは判っていたが、ルルーシュは少しでもランスロットと戦わずに済む確率を上げたかった。

もっとも、スザクがデヴァイサーとなった今、それは起こる事の無い未来ではあるが。

「…応えてくれた、と考えても良いのか、な」
ランスロットはルルーシュの騎士をデヴァイサーに選んだ。
それは、ランスロットが勝手に登録された『主』を受け入れてくれたという事ではないか。
ルルーシュの『騎士』になる事を、選んでくれたのではないか。
(あぁ、可笑しいな。それではAIを搭載する以前から感情を持った事になる)
それとも搭載した瞬間に、意思を得たのか。
睡魔によってぼやけていく思考で、ルルーシュは反芻する。
(…ダメだ、眠い。)
やっぱりランスロットの掌はルルーシュにとって暖かいらしい。夜通しスザクに付き合った事を除いても、まどろみそうになる。
優しい声がする。
『ルルーシュ、寝てていいよ。』
(馬鹿、そんな事をしたら家までお前に送られる事になるだろう)
つまりは学校の敷地内にナイトメアで帰宅する事になる。――目立つどころの話ではない。
『おやすみ、』
(だから寝ないって…)
ルルーシュの思考とは反対に体は緩和してゆく。
最上の友である騎士と、最高の兵器である『騎士』に護られ、安心しきった様に。
『良い夢を。』
瞼が完全に落ちる間際、スザクの声と、ランスロットのセンサーアイの「キュイン」という稼働音が聞こえた。

まるで「おやすみ」と言っているかのように。








2006.12.5 Erlkong――妖精の王――end