やって来た連中は「雷門中」と名乗った。
中学サッカー部なら、まず知らない筈は無い名前だ。
(おもしれぇ)
白恋では出る事の出来ない全国大会。その優勝校。
アツヤは兄と『一緒』に見た世宇子中との試合を思い出す。
『この人、アツヤとは正反対だね』
兄がそう言って指差したエースストライカーはいないようだった。
何だ、とアツヤは口を尖らした。そいつをこてんぱんにして兄に見せつけてやろうと思っていたのに。
(残念だね)
肉声ではなく、頭の中で兄の『声』が響く。いつになく彼も楽しそうだ。
『この人とアツヤどっちが強いんだろうね』と兄が言っていたので、彼にこそアツヤが勝つところを見せたかったのに、どうやら自分が言った事も忘れているらしい。
兄らしいが、これでは張り合いがない。まったく。
(そうむくれないでよアツヤ)
くすくすと笑い声。
しょうがないなぁと心が宥められる気配に
(まぁ、こいつらこてんぱんにしてやりゃいいか)
とアツヤは気持ちを切り替えた。現金だと自分でも理解している。
(アツヤは本当にサッカー好きだよね)
くすくすと士郎が笑う。
試合前に一人で笑ってる伝説のストライカーに、雷門中のFWが思い切り眉を顰めて突っかかってくる。
「何一人で笑ってんだよ。気持ち悪ぃな」
(テメェの頭の色よりマシだっつーの)
「ごめん、君達と戦うのが楽しみで」
(アツヤ挑発に乗らないの)
ピンク頭を軽くあしらう声とこちらを宥める2重の声。全く器用なものである。
すげなくかわされた事がピンク頭にも感じ取れたらしく、先程よりも一層、肩をいからせて、頭だけでなく顔まで真っ赤にしている。
直情バカ。
士郎の好きなタイプだ。
アツヤは目標を変更した。このピンク頭を士郎の目の前で地べたに這い蹲らせてやる。敵になり得そうな奴は潰すに限る。

雷門からのキックオフ。
ピンク頭は『吹雪』がDFにいる事と先程までのやり取りで頭に血が上りすぎて力任せに突っ込んでくる。
(バーカ)
ほくそ笑む。
(お前らに兄貴が抜けるかよ)
うずうずと体がうずき出す。もうすぐだ。
士郎の足元から氷雪が舞いあがって相手の全身に絡み付く。鮮やかなボールカット。士郎のアイスグラウンド。
『こちら』の興奮が伝わったのか士郎が笑う。


「さぁ――出番だよ。」

みせつけてあげよう。


視界が変わる。
五感が現実感を以って迫りくる。
風の冷たさ。
雪解け水で濡れたグラウンドの土の匂い。
硬いボールの感触。
――敵の姿。
ぞくぞくした。
今まで出会った事のない強い奴等がそこにいる。
一人抜かし、二人抜かし、力任せのショルダーチャージには力でやり返す。スライディングを突破して、あとはGKと一対一。
ならば、もう遠慮はいらない。
左足に力を込める。軸足の力で飛び上がり、右足を振りかぶる。
雪と、氷の飛沫が周囲を取り囲む。
(――見せてやるよ)
あっりたけ、渾身の力で冷気ごとボールを蹴り付ける。
(これがっ俺の!エターナルブリザードだ!)
ボールがネットを揺らした瞬間、アツヤは宣言する。
興奮に任せて。歓びのままに。
こんなに楽しいのは久しぶりだった。
士郎が守りボールを奪い、アツヤが運び、決める。二人の完璧なコンビネーション。
あのFF優勝校の雷門イレブンにさえ通用するほどの。

「覚えとけ!」

声高に、世界全てに知らしめる。


「俺が白恋エースストライカーの吹雪士郎だ!!」


名乗りを上げた。
完全に、完璧な。――偽りの。







2011.02.10 枯れ果てた産声