それは、凄惨なる一場面であった。

「お前は世界で一番の賢者だよ。」

ルルーシュが言った。
「愚かで傲慢で己の罪を直視せず不幸に酔って、お前自身決して実現できないでいる正義を振り翳すお前は、確かに世界で最も賢い人間だ。」
「何を言っているのルルーシュ」
苛立つわけでもなくスザクが問うた。
声に温度と言うものがあったなら、スザクの声はそこら中に転がっている死体より冷え切っているに違いない。
「怒るなよスザク。馬鹿にしてる訳じゃない」
「怒ってはいないよ。呆れているだけだ。」
「お前らしい答えだな」
つまりは怒る価値も無いと暗に示しているスザクにルルーシュは嘲るように返した。
――『消された』。
そう理解したが、その事に対する感情も感慨も何も無かった。
『他者』に対する無関心さについてはスザクもルルーシュもとても似かよっている。
とても、とても。
「そうやって、俺みたいにお前の正義を否定する人間はお前の中からどんどん存在を消されていくんだ。」

それで出来上がるのはスザク一人きりの世界。
争いや間違いが一つも無い、さぞやうつくしい世界だろう。

「随分と判った風に云うんだね」
「お前の事はよく理解していると、自負している」
何度あの憎悪に濡れた批判を聞いただろう。
何度この矛盾に満ちた主張を受け入れてきただろう。
ルルーシュがゼロ本人だと知らなかったスザクは、いつだってゼロに対する憎しみをルルーシュに隠さなかった。
それはルルーシュに対する甘えであり信頼のカタチでもあったけれど、ルルーシュにスザクを切り捨てさせるには十分過ぎる重さを持った吐露だった。
そして、ゼロの行いはスザクにルルーシュを切り捨てさせるに十分な殺戮だった。
そうやって、彼等は離れていった。

突き詰めるならスザクにはスザク自身しかいないのだ。
そしてそれでスザクは満足なのだ。
他人がどんなにスザクを裏切ろうとも、スザク自身が自分を裏切らなければスザクは生きてゆける。
進んでゆける。
例え世界中の人間がスザクを裏切り、それによって死ぬ事になろうともスザクはそれに頓着しない。そんな世界なら未練は無いと、あっさり廃棄する。

それで、構わないのだ。

結局の所、だからスザクはどうでも良いのだ。
己一人、虚無を抱えていられれば、それで。
ルルーシュには全く理解できない精神の在り方だが、それが『枢木スザク』という人間の本質だと知ってはいる。
それを、変えようとしなかった訳ではない。
けれどルルーシュやナナリーがそれを埋めるには過ごした年月は遠く、短く、ルルーシュにとってはナナリーが、ナナリーにはルルーシュが、それぞれに『一番』があったからスザクの空虚を補うにはスザクの優先順位は低すぎた。
『一番』では、なかったから。
二番目以降では、低すぎた。



――それは、凄惨なる一場面であった。

登場人物は2人。
観客は既にそのうちの一人によって屠られ尽くしており、真っ赤な男が銃口を構え、真っ黒な男がその先で血だまりに腰を下ろしている。
死してなお主を護ろうとしているかのように、うずたかく積まれた肉の防壁をスザクは無残にも蹴散らし、踏み躙ってゆく。その度にぐちゃり、と聞くに耐えない粘着質の水音と柔らかな肉片が潰れる音が辺りに響いた。
絶えず血は酸化し、その腐敗臭は辺り一面を覆うほどに強くなっている。充満した死の匂いは意図して嗅がずとも、呼吸の度にルルーシュの体内を侵した。
そうやって、死を、身の内に取り込んでゆく。
ルルーシュも、スザクも。

そこに一体どれ程の違いがあるというのか。

薄皮1枚剥げば誰だって血錆と生肉の爛れる匂いを撒き散らし、誰もが隣人を犠牲にして生きてゆくのだ。
ルルーシュはそれを自ら望み行ない、スザクは望まずに行なった。
仮定を大事に抱えて生きてゆくスザクには判らなくても、ルルーシュは2人共が同じ結果を生み出している事を然りと認識できている。
「理解、していると?」
「それはそうだろう。お前の中身はとても単純だ。
お前の視界には『お前自身』と『それ以外の他人』の区分けでしか人間が写っていないんだから。
お前が選ぶのはいつだってお前に準じる人間だけだ。
お前の側に居られるのはいつだってお前の正義を肯定する人間だけだ」

結局この男は自分自身しか愛せないのだ、とルルーシュは自分の胸に失望に似た寂寥が広がってゆくのを感じた。僅かに悼んだ想いの残滓は瞬く間に消えてしまって、取り戻す事は不可能だろう。
取り戻したいとも思えない。
今この瞬間、ルルーシュの中でスザクも『他者』に成り下がった。
『消えて』しまった。
存在が、死んでしまった。
それはきっと、とても善い事なのだろう。

――すこし、遅すぎたけれど。

血と臓腑で出来た沼の中に身を浸して、ルルーシュはまとった布から染みこんでくる液体の冷たいぬくもりに身を委ねた。
ぬくもりを感じる程度には、駒でしかなかった筈の彼等はルルーシュの精神にとって重きを持っていたらしい。…これから、彼等と同じものになるのだと思うと、それも悪くは無いと思えてしまうほどに。
ルルーシュの大切な人達は、すべからく『皆』向こうにいるのだから。
「…確かに君は僕を良く理解しているのかもしれないけど」
やさしい、声が頭上から降ってきた。
昔日の、親友の声音。

もはや、意味を成さぬもの。

「僕は少しも君を理解できていなかったんだね」
「そうだな」
冷たい声で即断する。
それでもルルーシュは気付かない。スザクを見上げる眼がスザクの声のようにやさしい事を。
そして気付いている。スザクの眼はどこまでも冷えて凍っている事を。
「それでも、」


「君が好きだったよ」


過去形で語られる全てに、現実が確かな形を持って圧し掛かる。
だが悲しいとは思えなかった。寧ろ愉快でさえある。
「あぁ、もう良いさ。早くその引き金を引けよスザク」
満足して、どうでも良くなってルルーシュは投げやりに手を振った。
濡れた指先から真っ赤な飛沫がスザクの頬に飛んだがルルーシュは気付かない。

(失恋したのかな俺は)

血の匂いに酔った思考で、ルルーシュが最期に考えたのはそんな事だった。







枢木スザクは英雄になった。
黒の騎士団を壊滅させ、ブリタニア中が畏怖したそのリーダーであるゼロを討ち取ったスザクはイレヴンでありながら、その忠誠心の高さからブリタニアでは英雄視されるようになっていった。
ユーフェミア・リ・ブリタニアの全幅の信頼と寵愛を受ける騎士であり、シュナイゼル・エル・ブリタニアという後ろ盾を持ち。更には最強のナイトメアを操る事の出来る唯一の人間であれば、なおさらにその視線は強くなっていった。
「ホント、凄い騒ぎになってるよぉ〜!」
「からかわないで下さいよ」
「いやいやいやホントに本国の方はてんやわんやの大騒ぎ。えーっと、何て言うんだっけ?こういう時。なんか楽しそうなヤツ」
「玩具箱をを引っ繰り返したような?」
それはちょっと違うんじゃないかなぁとスザクは苦笑した。
「そう!それそれ!
そのうち皇帝陛下から直々に貴族の身分を受け賜る事になるかもしれないよぉ〜?!」
「凄いじゃないスザク君!やっぱりゼロを討ち取ったっていうのが大きいんでしょうね」
「セシルさんまで…」
「あぁ!!ゼロと言えばっ!」
ロイドが叫んで可笑しくて仕方がないという表情をする。そして内緒話をするように声を潜めてスザクに囁いた。
「何でもブリタニア人の少年だったらしいじゃないか。君と同い年の!一体全体何が憎くてあんな行動を起こしたんだろうねぇ?」
キミ知らない?と訊いてくるロイドの目は爛々と冷たい光を宿している。
スザクはそれにいつも通りの誠意をもって正直に答えた。






「本当に、どうしてでしょうね。」








2007.02.08 私を愛するのはそんなに難しかったですかend