雑踏の中の人間ウォッチングは得るものが大きい日もあれば、全くの無駄に終わる事もある。大抵が後者な訳だから、ルルーシュとしても何かを期待してファーストフード店の一階窓側・カウンター席に座った訳では無い。
要は単なる暇つぶしだ。
それが何だってこんな目に遭わなきゃいけないんだと、ルルーシュ・ランペルージは心底ウンザリして、腹式呼吸もかくやと言わんばかりに溜息を吐いた。――ちなみに腹式呼吸はゼロとして演説する為に身に付けた。マイク以前に声量が全然違う。良く頑張った自分。

「――それさぁ、止めてくれないかな?」
「話しかけるな」
「かけたくなくっても、すぐ隣でこれ見よがしに溜息なんか吐かれると気分悪くなるんだけど。」
だったらそのまま体調不良で入院でもしやがれとルルーシュは天に祈ったが、そんな何度目かも分からない望みが叶った事は、未だ嘗て一度も無い。
隣に座っている人間であるところのクラスメート・枢木スザクはルルーシュの願い空しく精神は兎も角として身体は7年前から健康そのものだ。
(…いっそ毒でも盛ってやろうか)
「盛られるようなマヌケはしないよ」
「ウザッ。名前の通り鳥頭だな。話しかけるなと言っただろうが」
良い考え付きだと思ったが、どうやら声に出ていたらしい。ルルーシュは舌打ちした。
スザクはそれを鼻で笑って手のバーガーに齧り付いた。2つのバーガーを無理矢理一つにまとめたかのような、ルルーシュには信じられない高さを持つそれを、スザクは限界まで口を開けて天辺から下までを一口に噛みきる。
トレイの上には、さらに油がベッタリと胃にこびり付きそうなフライドポテトと炭酸飲料の入った紙コップが置かれている。しかもどちらも特大サイズ。
(……うげ。)
見ただけでも胃がもたれそうになった。
対してルルーシュのトレイの上には紅茶のホットのSサイズ――砂糖もミルクも入っていないストレートだ――とシーザーサラダだけだ。スザクもちろりと視線をやって、口の中の物を咀嚼し終えてから言った。
「そっちが少なすぎるだけじゃないか」
どこのダイエット中の女子高生だよ、とポテトを一本摘まんで嘲るようにスザクは笑う。
「そんなんだから、この間みたいに突風でよろけるんだよ」
「高層ビルの屋上の風の強さなら誰だってバランスを崩すさ」
「要はそんな所に登った君がアホだったと。権威欲の強い人間と馬鹿ほど高い所に登りたがるものだね」
「民衆は見下ろされる事によって、視覚的にも自分達の支配者や指導者が誰であるのかを確認するからな。もう本能にまで刷り込まれているのさ。『上』に立っている人間に従え、と。
これを利用しない手はないだろうが」
ハンッとスザクは鼻を鳴らして口にポテトを放り込んだ。今度は笑いではなく自分が言い負かされた事への悔し紛れの行為だ。

何の因果か嫌がらせか、まったくの偶然にもスザクが後からルルーシュの隣あった席に案内されただけで、ルルーシュもスザクも別に待ち合せた訳でもなければ、一緒に『仲良く』食事がしたい訳でもない。
「昔の知り合い」と言うと周囲によく誤解されがちだが、ルルーシュとスザクは超絶に仲が悪い。
寄れば静かに罵詈雑言を吐き散らすし、触れば誤って汚らわしいものに触ってしまったかのように服を叩いてその手を洗う。
初めて出会った7年前から相性は最悪で、殊現在に至ってはブリタニアに媚びへつらい付き従おうとする者を忌避するルルーシュを知っていながら、ブリタニア軍人になったスザクの行為はあからさまにルルーシュへの宛て付けであったし、スザクにしても皇子でありながら本来在るべき場所に戻らず、自分の責務を果たそうともしないで7年間普通の学生をやっていたルルーシュは侮蔑の対象だった。
昔も今も嫌悪を隠そうともしていない――スザクなど「僕の不幸はルルーシュと遭遇してから全部始まった。」と公言して憚らない。面と向かって疫病神扱いされたルルーシュは「お前と出会った事は俺の人生最大の恥ずべき汚点だが、お前を不幸に出来た事は人生最高の誇るべき功績だ」と、それこそスザクが鳥肌をたてる程、花綻ぶような笑みを見せた――にもかかわらず、何故か周囲からは当人達の意思とは真逆に「仲の良い親友同士」と認識されている。
世の中可笑しいんじゃないかと思わないでもないが、これには確りとした理由が在った。
というのも、やる事なす事いる所。その全てに於いて行動の一致が起こるのだ。
ルルーシュの居る場所にはスザクがやって来るし、スザクのやっている事をルルーシュもやり始める。片方が居る時点で引き返すなりすれば良いものを、敵前逃亡のような無様が出来るかと意地を張り出すので、お互い眉間に皺を寄せながら一日中側に居続ける事もザラである。
せめて「自分が側に居る事で相手をイヤな気分にさせられる」と言い訳してみるが、自分も同じだけダメージを受けるのであまり効果は無い。

(……あと少しの我慢)
不幸中の幸いにして、ルルーシュが店に居るのは『呼び出し』が掛かるまでの暇潰し+そのついでの昼ご飯の為であるから、後数十分もしない内に天敵の隣からおさらば出来る筈だ。
ルルーシュは携帯が鳴るのをを待ち侘びながら、トレイに鎮座するサラダを突っついて、けれど口に運ぶ事無くガラスの先の雑踏を眺めた。
スザクが隣に座った時から、とうに食欲は失せていた。
隣に一つずれようにも、お互い一つ先に座っている客が荷物を置いて占領しているので、それも出来ない。
「今日は厄日だ。」
「こっちのセリフだよ。」
呟きに、間髪入れずにスザクが返す。
ルルーシュは意識を前に向けて、反応しないに努めた。
店は大通りに面している。
祝日という事もあり、かなりの人手で、車も人もあの店からこの店へ。右から左へと忙しなく通りすぎてゆく。
その誰も彼もが似たような表情で、似たような服装。きっと頭の中身も同じようなものだとルルーシュは思う。
(租界に住むブリタニア人の奴等は皆『そう』だ)
世界の3分の1を占める大国である事の慢心と怠惰。その庇護を得られる事に因る他人種への強い卑睨。一部の例外を除いて、精神面においても画一化されているブリタニアの民衆が、ルルーシュには酷く厭わしい。
絶対的な力の下に庇護される彼等は、豊かで刺激の無い生活に、いつだって他者の不幸に喜びを見出す。他者――イレヴンの不幸に。
そして隣に座っているのは、日本人でありながらイレヴンである事を拒んだ人間だ。
…従属する事によって。
「何だって実験前に君に遭わなきゃいけないんだか」
「…もう直ったのか。あそこまで壊されたくせにやけに早いな。」
「組織力が違うよ。そっちとは雲泥の差だ」
「数だけはな。どうせ烏合の衆じゃないか。木偶人形が何人集まろうと、所詮は木偶だ」
「…僕意外はね」
「口だけなら何とでも言えるさ。ついこの前ズタボロにやられたばかりじゃないか。」
ぐしゃりとスザクが食べ終わったバーガーの包み紙を握りつぶした。
その行為にスザクの苛立ちを如実に感じとって、ルルーシュは口の端を上げる。
一気に気分が良くなった。スザクは最終的にルルーシュに口で勝てた試しが無いのだ。

「どうせ直したのも『組織』の力じゃなく『コネ』の方だろうが」
「否定はしないよ。彼女は特別目を掛けてくれる」
「今まで自分を守ってきた姉を喪ったんだ。頼る人間がお前しかいなくなった分、随分と遣り易くなったんじゃないか?」
「…おかげさまでね」
憎憎しげにスザクが声を落とす。まるで威嚇だなとルルーシュは内心で嘲笑した。
「でも彼女は守ってみせる」
「ハッ、聞き飽きた大言だな。そんな事を言っておきながら、結局は名前の通り主を裏切る騎士になるんじゃないか?」
「そんな事が有り得ると思っているなら君の頭は余程楽しい思考回路をしているんだね。むしろ道化に近いよ」
ぼそり、と呟かれたが、ルルーシの優秀な耳はスザクの暴言を華麗にスルーした。何より自分の発言には確信があったからだ。

既に冷め切っている紅茶を一気に飲み干す。何十パックで一箱幾らというような安物ティーパックで淹れられた紅茶は、冷めてより一層酷い味になっていたが、ルルーシュは猫舌なのだから仕方ない。
「指揮系統も正式なものになるらしいし。」
ギリギリと千切るかのようにストローを噛みながら、スザクが唸り声のように低い声で言った。
ポテトは食べ終えている。
「『だからこそ』だ。結局は裏切る事になる。

――あの偏執狂が来るからな。」

ガチンッ!とスザクがストローを噛み違えて、歯をぶつけ合わせた。
反応に満足して、ルルーシュは今度はハッキリと嘲った。
(ようやく、あいつを引きずり出せた。)
「だが手勢は引き連れて来れないらしい。大部分を本国に残したままで総督に就任する手筈になっている。」
目の前のガラスに写っているスザクと眼があった。途端にその翡翠が険しくなる。
ガラス越しの通りを歩いていた壮年の男が、憐れにも自分が睨まれていると勘違いして、びくりと怯えて来た道を引き返していった。
何と無しにそれを見送りながら、ルルーシュはまだ半分以上も残っているサラダを、さっとスザクの方に押しやった。
反射的に受け取ってしまったスザクが、話している間中ルルーシュによって突付かれ続けた残骸を見て顔を顰める。
無論イヤガラセ以外のなにものでもない。
「…ソースは?」
「中華。」
「――連邦も動き出したんだ…」
心底厭そうな顔を保ちながらも、スザクは受け取ってしまった手前、シーザードレッシングのかかったサラダの残りを食べていく。枢木家の教えに「食いもん粗末にすんな」があった事をルルーシュはしっかり覚えていた。
「――…取り敢えず殿下がいらしたら君の事を教えておくよ」
「今度こそ殺すぞ。」
せっかく前回は紅蓮を止めてやったというのに。
恩を徒で返そうとするスザクに、止めなければ良かったとルルーシュは後悔した。それ以前に自分がランスロットに見逃されている事実は記憶の彼方に忘却の旅に出ている。帰還予定は今の所無い。
「出来るものならやって見れば?」
(うわぁ、絶対殺ろう)
ガラスに写ったスザクの小馬鹿にした笑顔にルルーシュは心に誓った。
別に協力者でも共犯者でも、ましてや友人でもないのだから、戸惑ういらえは無いのだ。――尤も、ルルーシュもスザクも過去幾度と無く似たような事を誓っては、戦闘の度に自ら破ってはいるのだけれど。

折角だから呪詛の言葉でも吐いてやれ、とルルーシュが口を開こうとした時、狙い済ましたかのようにジャケットの中の携帯が単調な電子音を奏でた。…隣の軍人と全く同じタイミングで。
スザクが隣に座った時以来、本日にして漸く2度目、直に視線を一瞬だけ合わせて、トレイを持って立ち上がる。
互いの目の前で通話に出るような愚は犯さない。
ゴミを適当に分別して捨てて――といってもルルーシュは紙コップひとつだ――連呼されるアルバイターのおざなりな「ありがとうございましたー」という声をBGMに店を出た。
適温の空調が効いていた店内と違い、外は人の熱気も相まって真っ直ぐな日差しが少し熱い。
(何で呼び出しのタイミングまで一緒なんだ)
ルルーシュはうんざりしたが、今度は溜息はつかずに傍らの男に向かい合って嫌味たっぷりに笑いかけてやった。スザクも同じような貌をしている。
「せいぜいノコノコ生身を晒して悪夢に踏み潰されないように、どうぞお気を付けて? ゼロ」
「そちらこそ不慮の事故で命を落とさないよう、十分に機体のチェックをする事をお勧めするよ。ミスター・ランスロット」
眼をぎらつかせたままにっこりと笑いあって、くるりと背を向ける。
向かう先は何時だって正反対なのだ。



――辿り着く先は、何時でも同じだけれど。








2007.01.09 つかず離れずいつでも一緒。「「最悪だ!!」」end