聖女は謳う。なにもかなしいことは無いのだと。


「ナナリー、久し振り。」
「スザクさんっ、来て下さったんですね!」
「こんなにおめでたい日に来ないわけには行かないよ」
「ありがとう御座います。」
スザクの来訪に、ナナリーは本当に幸せそうに笑った。
いつ訪ねても、ナナリーは笑顔でスザクを迎えてくれたが、やはり今日は一段と輝いている。
真っ白なドレスに身を包んで、彼女はこれから違う名前で生きてゆく。
「すごく綺麗だよ。相手の人が羨ましい。」
「ふふ、そうですか?私には判らないんですけど、そう言って頂けると嬉しいです。」
目は、未だに閉じられたまま。
心因性のそれは、どんなに時が経っても開かれる事は無かった。

これからも、無いのだろう。

スザクは過去に、何度かナナリーの目が見えなくて良かった、と思った事がある。
自分が可笑しな格好をしていた時や、ひどい顔をしていた時。世界が、とても醜いものに見えた時。けれど最近は全く別の心境で、スザクは安逸した。
(――よかった。)
彼女の目を。
『彼』の話でしか聞いた事の無い、その、いろを。
『彼』と寸分も違わぬという、そのむらさきを。
見なくて済んで、良かった。

(だって、あのいろは、ルルーシュだけのものだ。)

「式には出られないけど、はい、お花。僕とルルーシュから。」
ぴくり、と揺れたナナリーの指先にスザクは気付かない。
彼女の微笑みが、幸せなものから何かを諦めたようなものに変わった事にも。
「ルルーシュも意地張ってないで、来れば良いのにね。折角の晴れの日なのに、いまだにナナリー離れが――」
「スザクさんは、お兄様を探さないんですね。」
先程までの幸せな空気を一変させてナナリーがスザクの言葉を遮った。それを不快に感じるより先に、スザクは首を傾げた。
「探す? どうして?」
ルルーシュは、何処にも行っていないのに。
「探せば、きっと見付かったのに。」
(あぁ、まただ)
先程までの空気が消え去り、身体を倦怠感が取り巻くのをスザクは感じた。
ナナリーの言っている事は、時々スザクにはよく分からない。
よく分からないスザクに、ナナリーは悲しそうな顔をする。それは余り気持ちの良いものでは無い。だから、スザクはナナリーがこの表情をしたら、すぐに退場する事にしている。
今の、ように。
ナナリーもそれを知っている筈なのに、スザクが来る度に最後には悲しそうにする。
(どうしてだろう。)
スザクには判らない。スザクを追い返したい訳では無い筈なのに。だってそれなら最初から会わなければ良い話なのだから。
(――どう、してだろう。)
ナナリーはどんどん判らなくなっていく。彼女の兄の方ならば、スザクは何でも理解できるのに。
やはり男にとって女性は永遠のナゾなんだろうか、と埒も無い事をスザクは考えた。
(そう、ルルーシュの事なら、ぜんぶ、わかってるのに。)
ぜんぶ。

――お前は俺の望み通りに動いてくれるさ。スザク――

わかって、いた?
ぜんぶ?
(なら、あの声を発したのは誰だったんだろう)
だれ、が。
あの存在、は。
その向こうに、どんな、いろ、が。

スザクの思考を停めるかのようにナナリーは言葉を紡ぐ。あるいは、促すように。
「スザクさん、私、知っていたんです。」
(なに、を?)
兄の創った箱庭の中で護られて、身体の不自由なナナリーに一体何を知ることが出来ただろう。
スザクのようにルルーシュと共に歩む事無く、彼の背に負われ、ただ彼の負担となっていた彼女に。
(何も、しらないくせに)
「…お兄様の手が変わってしまった事を。ひとを、撃った事のある、手。――スザクさんも、7年ぶりにお会いした時、同じ手をしてました。」

ひゅっ、と。上手く吸えなかった酸素が鉛のように咽喉に引っ掛かる。
息が、止まった。

そう、スザクはひとを撃った事がある。
当時スザクは軍人だった。軍に入った時点で、誰かを殺す覚悟はしていた。彼等兄妹と再会する以前に、スザクの手は既に人殺しの手だったのは、確かだ。
けれど、ナナリーは今何て言ったのだろう。
(ルルーシュが、こんな汚い手だなんて、ある筈が無いのに。)
だって彼の手はあんなにも白くて美しい。
(ルルーシュは、僕みたいに大切な、ひとを殺したりなんて、しない)

――たいせつな、ひとを。ころしたり、は。

(僕は、『誰』か、ころしたかな)
たいせつ、な。
『誰』、を。

――遺言だ、スザク――

『だれ』、を、?
あかく濡れた、からだは、『誰』の、もの、だった?
仮面の、向こうに、いたのは。

――すざく――

 ド ク ン ッ 。

(――『違う』っ!)
心臓の音と一緒に鳴らされた警鐘に従って、スザクは考える事を止めた。これ以上は、踏み入ってはいけない。たとえそれが自分の中だとしても。
これ以上、この声を聴いてはいけない。
はやく、この部屋をでなければ、いけない。
「でも、お兄様はお兄様でしたから。スザクさんも。
だから、私は、それで良かったんです。――お兄様が生きていてくれるなら、もう、それだけで良かったんです。」
「ナナリー、ごめん。何だか具合が悪いみたいだから、申し訳無いけど、帰るね。」
足早に、訪ねて来たばかりの部屋を後にする。
どれだけ今の自分が滑稽かなんてスザクには関係無かった。
一刻も、一瞬でも早くナナリーの側から離れなければいけないと

(『こわれる』まえに、は や く !)

「だから、お兄様が逢いに来てくれた時は、本当に嬉しかったんです。私の方が、お姉さんになってて、ちょっとびっくりしましたけど。」
「また、来るよ。」
ナナリーの言葉は続いていく。スザクを無視しているのではなく、ナナリーの中では、会話が成立しているのかもしれない。
「スザクさん、」
――或いは、スザクの深層と。

「もし、お兄様に逢えたら、ちゃんと『見て』あげて下さいね。お兄様自身を。」

最後の言葉は、聞こえない振りを。
(ぼくは、何時だってルルーシュをみて、いるよ。)
重い扉の閉まる音は、まるで苦痛のうめき声の様に、スザクには聞こえた。








2007.02.12