さてどうしよう。
それが枢木スザクに考えられる全てだった。
スザクとルルーシュ・ランペルージの仲は悪い。極悪である。多分ハブとマングースや、蛇と蛙の方がずっと友好な関係にある筈だ。そう言うと共通の知り合いのほとんどが「どうして?」と首を傾げるが、それこそスザクには「どうして?」だ。
こんなにも思考回路が違っていて仲良くなれたらそっちの方が可笑しい。スザクに白に見えるものはルルーシュには黒に見えて、ルルーシュに白に見えるものはスザクには黒に見えるぐらいなのだから「仲良し」認定なんて有り得ない。全力で遠慮しますってもんだ。テロリストと軍人が同じ思想を持っているぐらいに有り得ない。そんな事が在り得るなら日本、否エリア11もさぞかし平和になっているだろう。
『テロリストと軍人』。
浮かんだ例えが、あまりにも今現在の自分達の立場をそのまま表していて、スザクは朝っぱらから溜息をついた。
現在スザクはアッシュフォード学園への登校途中だ。
ユーフェミア皇女殿下の余計なお節介――当初は身に余る光栄。戸惑いも大きかったが学校に通える事は素直に嬉しかった。だがしかし。運命より手強い梟敵・ルルーシュがそこに存在していた事により、それは大変大きく余計なお世話に成り下がった――によりクラスメートとなってしまったルルーシュ・ランペルージはブリタニアに徒なす猛毒、クロヴィス殿下殺害の真犯人のゼロである。
全く関連性の無いような存在をイコールで結ぶ事はスザクには実は然程難しくはなかった。
非っ常に遺憾な事にスザクはルルーシュの思想を熟知している。
別に知りたくも無かったが口論が何回も重なれば自ずと知れてくるというものだ。
これがもし万が一、絶対にそんな事はブリタニア皇帝が直毛ヘアーになる事ぐらい有り得ないが、スザクが万が一リヴァルやシャーリーといったルルーシュの「普通」の友達であったなら、ルルーシュは自分の思想やブリタニアに対する考え方を漏らす事は無かっただろう。授業のディベートでもない限り、そんな話題になる事は滅多に無い。それだったらスザクは欠片も気付く事無く、ルルーシュを疑ったりはしなかった筈だ。
だが2人の仲は悪かった。
相手を負かす為ならどんな手段だって取ってやろうじゃないのというぐらい悪かった。
だから、そうして相手を言い負かす為に幾度となく行われた舌戦によって、ルルーシュの思想もスザクの思考も互いの知れる所となってしまったのも、仕方の無い話である。
そんな訳で冒頭に戻るのである。
さてどうしよう。
それがゼロ=ルルーシュと確信を持ってしまったスザクに考えられる全てだった。
例えば軍に報告してみる。
最も無難な考えではあるが本気にしてもらえるだろうか。
スザクは確かに軍人だがイレヴンだ。そしてルルーシュは見るからに生粋のブリタニア人。血統に対する高い自尊心とナンバーズに対する強い蔑視を持つ彼等がどちらの言い分を本気にしてくれるかなんて判ったものではない。
例え本気にしてルルーシュを取り調べる事になろうとも、果たしてあのルルーシュが自分がゼロだという証拠を掴ませるだろうか。彼ならば影武者の一人や二人ぐらいは用意していそうだ。
それに彼はスザクのクラスメートだ。知り合いだ。決して友達なんかでは断じて無いが、周りからは親友だと思われている節がある。
大変残念な事に、スザクは一度ゼロに命を救われた事があってしまったものだから、その他称親友がゼロだと判ったら共犯だと疑われる。絶対こじつけられる。そうなったら最早ユーフェミアでさえも庇い立て出来ないに違いない。
おまけに彼はブリタニア皇族だ。何処まで情報を操作しているのかは知らないが、コーネリアやユーフェミアが見れば一発で判るかもしれない。昔の面影は強く残っている。
そうしたらゼロとは関係ないところで、何故今まで報告しなかったのだとスザクにあらぬ疑いがかかるのは必至である。「知りませんでしたー」なんて言い訳が通用する筈が無い。スザクは7年前日本にブリタニア皇族を迎え入れた「枢木」であり、リヴァル達もスザクとルルーシュが幼馴染だと知っている。
または彼が皇族だとバレて尚且つゼロだと発覚した場合。
まさか身内が犯人でしたとは発表できないだろう。替え玉が必要になる。民衆が「あぁ、やっぱり」と納得できるネームバリューのある人間。おそらくは日本人――イレヴンになるだろう。何だか自分になりそうだとスザクは寒気がした。
更に最悪な事に彼の父親である皇帝がルルーシュを許す可能性さえもある。何たって自分の子供の葬式で悔やみ言ではなく「争え」と言ってのけたクルクル爺だ。兄に「勝った」ルルーシュをそのまま皇室に迎え入れて、更なる「進歩」の為の火種にするぐらいはしそうな気がする。その場合やっぱり代わりにスザクが殺されるのだろう。
(――報告する意義があるのかな)
いやいやいや。取り敢えずそれによってゼロの行動を抑えるなり無くすなり出来るかもしれないのだから決して無駄ではない筈だ。
高確率で自分も殺されるだけで。
(駄目じゃん。)
ブンブンと勢い良くスザクはかぶりを振った。周りの同じく登校途中の生徒達からすれば相当怪しい奇行だが、それに気付く余裕は今のスザクには無い。
(さてどうしよう)
またしてもスザクの思考は冒頭に戻るのだが、歩んだ道程は元には戻らない。
そんな事を考えているうちに教室に着いてしまった。スザクの席はルルーシュの隣である。顔を合わせない訳にはいかない。
「おはよー」
ドアを開けて、誰とも無しに朝の挨拶をすれば気付いた幾人かから挨拶が返された。イレヴンに対するものにしてはとても好意的なそれは、最悪な「親友」認定のもたらした嬉しい副産物だ。
ルルーシュは学園で特別視されている美貌の副会長様であるのだ。
真っ直ぐに自分の席に向かえば、ルルーシュは既に着席していた。彼の住まいは寮より近いクラブハウスにある為、やろうと思えばどの生徒より早く登校できる。
スザクに真っ先に気付いていた筈のルルーシュは、スザクが自分のすぐ側に立ってから、ようやく眼を合わせた。
(…相変わらず貌だけは綺麗なんだよなぁ)
貌だけは。
それだけは唯一スザクでさえも認めざるを得ない、ルルーシュの美点である。
(報告しなくても、いざとなったら僕が討てば良い事だし――)
そうだ。そうすればもう二度とルルーシュと会う事も意見をぶつける事も、その存在に不快になる事も無くなるのだ。
それはとても善い事のようにスザクには感じられた。
ルルーシュの綺麗な顔に銃口を向けて、スザクと同じ赤い血が流れていって、身体が冷たくなって、そのアメジストが光を喪って――
「…吐き気がする」
「人の顔見て開口一番がそれかこの白兜野郎」
秘匿し沈黙を護っているのは何もスザクだけではなかったらしい。
2007.01.23 汚染廃棄物並みの愛着。end
【汚染廃棄物】
棄てるに棄てられなくて、棄てようとすれば処分に莫大な時間と費用と労力のかかるシロモノ