「よろしいのですか?」
少し呆れたように、訝しげにかけられた声にシュナイゼルは足を止める。
「うん?何がだい?」
「ゼロの遺体をそのままにしておいて。」
続く言葉は、仮にも弟君なのか、仮にも皇族なのにか。
けれどシュナイゼルはそれを聞く事無く、再び歩を進める。
「かまわないさ」
にこやかに。笑みさえ浮かべて。
「ゼロの遺体なんて必要ないよ、カノン。私の義弟はすでに8年、いや、9年前から死んでいたんだ。だから今日死んだのはただのゼロ。
無から無へ。
ゼロはその名の通り『ゼロ』へと還っていくのが相応しい。」
そうは思わないかい?と尋ねてくる背中に向けて、カノンは先程から溜め続けるしかなかった息を吐き出した。
「それでしたら、わざわざこんな風に陥れなくてもよろしかったのでは?」
「何事にも順序というものは必要だからね。通過儀礼のようなものさ。仕方がない。戦争には裏切りも犠牲も付き物だ。悲しい事にね」
言葉に、白々しさは見当たらない。なぜなら本心から悲しいと思い、また本心から仕方のない事だと思っているからだ。
己の手で陥れ、殺し、けれど心から悼む。
その心の在り方を、カノンや周囲の人間がどんなものか理解できる日が来る事はない。シュナイゼルと同じ視点で世界を見つめられる人間は存在しない。…唯一、居たとすれば、それは今しがた殺された彼の義弟ぐらいなものだろう。
「何よりギアスの存在をあまり公にする事も出来ないしね。
――しかし、恐ろしいものだね、ギアスというものは。
我々の今までの行動も、この先のすべても、彼に操られているのかもしれない」
「えぇ、まったく」
微塵も恐怖を感じずに、カノンはただ同意を示す。
今度の言葉は、先程と違いファイクだ。そうやって、シュナイゼルは真実と偽りを全く同じ次元で紡ぐ。
「けれどね、こうも思うのだよカノン。
操られているかどうかさえ判らないのならば、その程度の意思だったのだと。
そして、操られているかどうかさえ判らないほどに自分の意志に同化しているのであれば、それは最早、不本意な他者の命令ではなく、己自身の意志なのだと、ね。」
「なるほど。そういう考え方も可能ですね」
もしかしたらこの自分の上司は珍しくも僅かに怒っているのかも知れないとカノンは思った。
怒りを覚え、飽きれ、悲しみ、そして同時に喜び、安堵しているのだろうか。
その対象が、あまりに簡単にあっけなく指導者を裏切った騎士団にか、どこまでも偽悪的に死を選んだ義弟にか、あるいは、シュナイゼル自身にかは分からないけれど。
「ゼロの墓標はここだ。ならばせめて、何もかもを無に帰してあげなければ。」
「…その為の、女神ですからね」
ただ一つ確かなのは。
彼は失望しているのだ。
世界の、すべてに。
2008.08.24 無の葬送 end