あーぁ、やっちゃったなぁ、とC.C.は失笑した。
まさかここでナナリーを使うとは、本当にシュナイゼルはえげつない。
そう嫌悪を感じると共に、実は生きていたというナナリーに驚いてはいたが、C.C.は周囲――とはいっても周囲にはルルーシュしかいないのだが――の誰よりも冷静だった。
この世界のあらゆる情勢に対して、C.C.はどうやったって当事者ではなく第三者にしかなりえない。というのも理由の一つではあったが、何よりもC.C.はナナリーが死んだとされていた時分には自分のコードを封印していたし、その間の記憶はルルーシュの部屋に閉じこもりきりで、大した情報にはならなかったのだ。
だからC.C.はナナリーが死んだときの様子も、死体も、フレイヤが使われたとかいう痕も見てはいない。ナナリーが死んだと聞かされ、「そうか」で終わり、ナナリーが生きていたと聞いても「そうか」で終わる。ルルーシュ以外の存在は重みを持たないC.C.にとって、例えどんなにルルーシュが大切にしている妹であっても、そんな価値しかない。
路傍の石のようなものだ。
だが、その石ころが、ルルーシュにとってはどんなに重く価値を持つのかも、また正確に理解していた。
ナナリーのための騎士団、ナナリーのための戦争、ナナリーのための贖罪。そして現在。
多少の加算はあれど、過去から現在まで、未来ですらも、何もかもナナリーのためだけに費やしてきた男だ。ルルーシュという存在は。
それを過不足なく、しっかりそのままの形で正確に理解している人間は、映像の向こうも含め、この場に3人。範囲を世界中に広げたとしても、たった3人だ。
そのうちの一人であるところのC.C.は、この後に起こるであろう展開に、呆れたような心地で、脱力してシートに深く深く身体をうずめた。皇帝専用機だけあって、座り心地は最高だ。チーズ君に勝るとも劣らない。
3人の中のもう一人であるところの枢木スザクは、同じ未来を想像して憮然とした表情をしているのだろう。もしかしたら未だにナナリーの生存に驚愕して頭が白くなっているのかもしれないが。
――最後の一人であるところの人物は、画面の向こう、変わらぬ表情でそこに映っている。
全く面倒なことだとC.C.はうんざりして、未だ打ち震えているルルーシュと、その原因のすべてにごろりと背を向けて、不貞寝の態勢をとった。変幻自在のチーズ君は素晴らしい枕になってくれる。

「ナ、ナナ、リー…、?」

まんま愛する者の幽霊を見たような、驚愕と打ちのめされた希望、そしてそれを凌駕する喜びをもって、ルルーシュは震える声で最愛の名を呼ぶ。
うんざりしつつも、ルルーシュに対してだけはずいぶんと過敏になっているC.C.の神経は、それをしっかりと捉える。これではルルーシュのナナリーバカを笑えない。
「ナナリー、ナナリー!い、生きて、生きて!ナナリー!!」
つい先ほど「私はあなたの敵です」と宣戦布告されたことなど枢木スザクでさえ敵わない場外ホームランの如く忘却のさなかに投げ捨てたルルーシュが、ただただナナリーの無事に、わき上がる歓喜の涙とともに、ひたすらに名を呼ぶ。
ぽろぽろと涙をこぼしながらも、自身が泣いていることなどかけらも気付きもしないルルーシュの表情は、あまりに清らかで。C.C.はその瞳の色が紛いものであることだけが酷く残念だと思ったところで、背を向けていたはずなのにいつの間にかルルーシュを凝視している自分に気づいてやっぱり少しうんざりした。うんざりしつつも、心の中で拍手喝采した。自分に。
この表情を見逃すことはC.C.の名において許されない。
対して、イキナリ喜色全面にボロ泣きし始めた99代皇帝を前にした画面向こうの面々は、困惑気に眉を寄せた。いくらなんでも想定外だったのだろう。こちらとしても予想外だ。ディートハルトの画面越しのシャッター連写とか。あとでデータを取り上げようとC.C.は心に誓った。
『…お兄様』
「ナナリ、よか、…よかった…っ!い、いくら、探しても、探してもどこにも…っ、どこにもいなく、て、し、死んでしまったかと、」
『――私は、ここにいます。生きています。お兄様』
固い声、硬い表情のままナナリーが応える。
きっと今まで兄にこんな態度を兄に対してとった事のない少女が、どんな気持ちで兄に対峙しているのかとも思ったが、あまりに阿呆らしくてC.C.はそちらに思考を働かせることを拒否した。本当にやってられない。
ルルーシュはもう終わりだ。
皇帝の椅子に座ると決めた時からすでに終わりに突き進んではいたが、シュナイゼルがナナリーという最悪のジョーカーを出してきた時点で、ルルーシュの負けは見えている。
ルルーシュの勝ち負け自体は関係ないものの、やはり負けるのはいささか悔しくて、C.C.は「ばーかばーか」と心の中でシュナイゼルを罵倒してみた。ついでに脳裏でシュナイゼルの顔に鼻毛を書き足してみる。美形なだけにシュールだ。ものすごく。
『…以前、言いましたね。あなたは、間違っています、と。』
静かな、けれど重たい声に、ルルーシュは苦しげに顔を歪める。それでも、その瞳は心の底から安堵したように慈しみに満ちていた。
己の悪を正しく理解し、妹の正しさを喜んでいる。
どんなに罵倒され、否定されても変わらぬだろうナナリーへの愛情の深さに、C.C.はよくもやってくれたものだとシュナイゼルに毒づく。
ナナリーは真実、ルルーシュに対しての最大の武器だ。最大の弱みであり、最悪のカード。
ナナリーの存在ひとつで、ルルーシュを殺す事も操る事も容易い。
――…使い方を誤らなければ、の話だが。
『そして、こうも言いました。…間違いは、正せるはずだと』
ん?と画面の向こうでシュナイゼルやらコーネリアやらが首を傾げる。
その中で、そんなの知ったことかと周囲をすべて無視して、今まで全く表情を変えなかった、最後の一人であるところのナナリーが、にっこりと笑ってルルーシュへと手を差し伸べる。
ここらへんの周囲を無視して相手しか目に入れないゴーイングマイウェイならぬ「それ行けぼくらの道!」精神はマリアンヌにそっくりだなこの兄妹、とC.C.は感心しつつしんみりした。色々あったが、マリアンヌはいい友達だった。何よりこんな美形の子供を遺してくれた。C.C.のために。
C.C.の勝手すぎる解釈をよそに、話は続く。
ナナリーはジョーカーだ。
シュナイゼルはその使い方を知りつつも、その使い時を間違えた。
ナナリーは真実、ルルーシュに対しての最大の武器だ。最大の弱みであり、最悪のカード。
けれど転じて、ルルーシュにとって最高の盾であり、最大の強みであり、そして最強のカードにもなりうるのだ。
最弱にして、最強の少女。

『今度こそ、一緒にやさしい世界を!』
「ナナリー!」

その言葉を合図に、あちら側で漆黒の残像が駆け巡る。
一瞬後にばったばったと倒れていく白いのと赤いのとその他。黒いのも倒れ伏したが気にする者はだれ一人としていない。
ふわりとナナリーの後ろに着地したメイド服に、人間がゴミのよーだーと高笑いしたい気分でC.C.はようやく身体を起こす。
感極まったかまたもや涙線の決壊したルルーシュの泣き顔は、やはり眼福ものだった。



一人の主に仕えるはずの騎士でありながら、第98代皇帝から100代皇帝まで3人の王に仕えた史上最強の騎士・枢木スザクは玉座でイチャイチャしながら何もない空間から花を飛ばす皇帝とその補佐を見ながら、げんなりと呟く。
「ルルーシュの愛情受けて、それをしっかり理解してるナナリーが、ルルーシュの行動を否定したとしても、ルルーシュ自身を否定して敵対するなんて、普通に考えてありえないって判らなかったシュナイゼル殿下って案外バカ?」
「お前にそれを言われるとはな」
うんざりしつつ、C.C.は同意した。

玉座では、ジョーカーが笑っている。




2008.00.07 レディ・ジョーカー end