貴方は私のおうじさま。
怖い魔女からも、剣を持った騎士からも、世界のおうさまからだって護ってあげるわ。
貴方がおひめさまといつまでもいつまでも幸せでいられるなら私はいくらでも強くなる。
私のおうじさま。
愛の誓いも綺麗なお城も何も要らないの。
誰からだって護ってあげる。

でもお願い。
かみさまが来たらおひめさまと2人で逃げてね。
かみさまには流石の私もかなわない。
こわいかみさまからはにげて。お願いだからにげて、私のおうじさま。




その存在と出会ったのは一度きりだ。
何年も前、四捨五入すれば10年近く前になるだろう。
まだミレイの家が爵位を持ち、最上の繁栄を謳っていた時期だ。
その頃から――というか生まれつき、ミレイはあまり権力とか身分の差に頓着しない子供だった。アッシュフォードに仕える立場の両親を持つニーナを親友だと公言して憚らなかった――これには双方の両親が困り果てたものだ――ミレイは相手が上位の人間であろうと許しがあれば態度を変えなかった。
たとえ、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアのような皇族でも。――勿論、わきまえるべき場を間違えたりはしなかったが。

ルルーシュやその母君のマリアンヌ皇妃の『特別パス』があったから、ミレイはその日も信じられない程簡単な手続きと、暴挙とでも言うべき気軽さで、ルルーシュの私室の扉を本人の了承無しに無断で開け放った。
お忍びで、他の誰かがルルーシュと共に居る事など露ほども考えず。

こわいかみさまが居るなんて、かんがえずに。



扉は、軽かった。



むしろ重ければ良いのになぁ、とミレイは目の前の扉を半眼で睨みつけた。
電動の自動ドアなのだから、例え重くてもミレイの手に負担が全くかからないのは判り切っているが、要は気分の問題なのだ。
(しかし何故にウチの大学部…)
普通はレストランやホテルで美味しいランチでも楽しみながらお見合いをするものではないのか。
別にミレイはそこに少女らしい夢を描いている訳では無いけれど、単純に高級ホテルやレストランの美味しい食事にありつけなくて残念だとガックリしていた。

始めは学園の敷地に軍を入れる事を反対して追い返したミレイの祖父に、滅多に学園の方針には口を挟まない両親が大学部の敷地を貸し与えたのは全てこの日の為に違いない。
アスプルンド家の人間が居ると判って、僅かでも繋がりを得てこの見合いをセッティングする足掛かりを手に入れる為に本国に住む両親がわざわざ理事長である祖父を言い包めたのだ。

――ミレイの両親は、『彼』が生きている事を知らない。

当然、自分達の親や子供が必死に『彼』を匿っている事も。
明確な理由がありながら、それを決して口に出来ない祖父が言い負かされてしまうのも、また、仕方の無い話で。この日がやってくるのも、仕方の無い話であった。

昔、ミレイは何故自分にだけ教えて両親には教えないのかと尋ねた事がある。
事が事なだけに秘密は知る人間が少ない方が護りやすく、また『上』の人間にばれた時の被害が少ない。アッシュフォード全体に及ぶだろう累を自分だけで背負おうとする祖父は、家の名を護ろうとする貴族で、変わらず『彼』を護ると決意している臣下であった。
それが、ミレイの祖父である「アッシュフォード」の選択だった。

(でも、私は違うわ。おじいちゃん)
ミレイはそんな祖父の決断を誇らしく、また自分だけは巻き込んでくれた甘さに感謝していたが、ミレイは『彼等』を護る為ならば「アッシュフォード」だって棄ててみせるだろう。
(だから安心して、ルルーシュ。)
最近、時折なにか切羽詰った雰囲気を放つミレイの「おうじさま」に思いを馳せた。
(私は何があっても貴方達を護りぬいてみせるわ)
これは、その為の第一歩なのだ。
たとえ今は単に家の為だけでも、必ずそこから力を得て見せる。

(皇子じゃなくったって、貴方は私のおうじさまなんだから)

シュン、と空気の抜ける音がして、ドアが開く。



こわいかみさまは、いなかった。



「どうぞ、ごゆっくり…」
「しなくてイイよ時間の無駄だ。結婚しよう」
「ふぇ?!」
「はやっ!」
「じゃあ保留にする〜?」
はい決定ー。と軽く放り投げられてしまうと流石のミレイもどうすれば良いのか判らなくなる。
取り敢えずビックリして小さな奇声を上げた副官らしき女性に、(これはオフィスラヴの片鱗かしら)と関係あるようで、全く無い事を考えてしまうぐらいには混乱した。

アスプルンド家ほどの名門が、よく落ちぶれた元爵位持ちのアッシュフォードを相手にすると思っていたが、コレは当人の問題があったからかもしれない、とミレイは内心頭を抱えたくなった。
(お母様、そういう事ですか…)
貴女にはぴったりかもしれない、と電話の先で熱弁していた母の根拠はコレだったらしい。
ユニークどころの話じゃない。
ユニーク過ぎる。
「でもさぁー、僕も本当はお見合いする気なかったんだけどねぇ」
副官らしき女性がミレイに同情混じり、ロイドに苛立ち混じりの視線を寄越して去った後、ロイドの視線はモニターに釘付けになっている。
「…あら、バレてました?」
僕「も」という事は、すっかりミレイの内心などお見通しなのだろう。
家の方は乗りに乗って乗り気だし、ミレイ自身そんな事おくびにも出さなかったつもりだ。
ひょうきんなだけの人間ではない、ミレイは将来自分の夫になるかもしれない男の評価を改めた。
「なのに僕の上司の人が君のオウチとは繋がりを作っておけって命令してきてねー」
命令されたと言う割にはあははははー、とロイドは楽しそうだ。
調子の軽いその言葉に、ざわり、と上質の布に包まれた二の腕に鳥肌がたつのを感じて、ミレイは目まぐるしく頭を回転させた。

与えられた男の情報はそう多くない。
27歳。
結婚歴は無し。
アスプルンド伯爵家の若き当主。
他に兄弟は無し。
ブリタニア軍に所属し、現在はエリア11にて部隊の一つを束ねる責任者。

――ブリタニア本国にいた頃は、

「…上司の、方ですか」
冷や汗が背中を伝うのを感じたが、声の震えはどうにか抑えきった。
「君なら昔会った事があるかもねぇー」
さらりと視線は画面に向けたまま。
手は、よどみなく動いている。
「あの人がさぁ、僕達をエリア11に寄越したのはここが良質なサクラダイトの産出地だっていうのもあったんだけどね。それよりも『ここ』が『日本』だったっていうのが大きかったんだよね〜」
カタカタと随分速いスピードで打ち鳴らされるキーボードの音が酷く煩いと、この日ミレイは始めて眉を寄せた。

(…お母様、貴女は最悪のカードをお引きになったわ)

日本とアッシュフォードを結びつける人間は、皆無と言って良かった筈だ。
確かに今までは皆無だったのだろう。
けれど、一人だけ、それを結びつけた人間がいた。
アッシュフォードが、知らせてしまった。
「あの人も僕にこの話が来なかったら、知らなかったんじゃないかなぁー。アッシュフォード家の人間が日本に渡っているなんて」
あまつさえ、そこに何年も留まり続けているなんて。
「祖父は教育熱心なんですわ」
「だろうねぇ。それに随分と心酔してたって言ってたよ?」
話を摩り変える事も出来ない。
ぎゅっ、と卸したてのバカ高いスカートが皺になるのも構わず、ミレイは膝に乗せていた両手を握り締めた。
今まで見合いを逃げ続けていた過去の自分を思いつく限りの言葉で罵倒する。どんなブサイクでも、どんなアホでも年寄りでも、ミレイ・アッシュフォードという人間にとって、このロイド・アスプルンドという存在よりは遥かに「素晴らしい」結婚相手には違いなかった。

知らせてはならなかった。
かつて「日本」と呼ばれた国に『彼』の後ろ盾であった人間がいる事など。
ロイド自身にでなく、その後ろにいる存在に。

「日本」と「アッシュフォード」を直接結びつける事など不可能だ。
たったひとつの存在が、それを繋いでいる。
そのたったひとつ。ミレイにとっての至上に、ロイドの上司が執着じみた感情を持っていた事を、ミレイはあのたった一度の邂逅で見付けてしまっていた。
(さいあくだわ、ルルーシュ)
カタカタと連打されていた音がぴたりと止んだと思ったら、ぐるんっと勢いをつけてロイドが身体ごと振り返り、ミレイが身体を引く隙さえない程に唐突に顔を近づける。



「シュナイゼル殿下は紫の宝石をお望みだよ?」



至近距離であっても聞き逃してしまいそうな程小さく、愉悦を孕んで囁かれた声はミレイの心臓を突き刺した。





怖い魔女からも、剣を持った騎士からも、世界のおうさまからだって護ってあげるわ。
でもかみさまには流石の私もかなわない。

だからにげておうじさま。
にげてにげて、おうじさま。
こわいかみさまがやって来る。

あなたをさらいにやって来る。








2007.02.04 こわいかみさま end