『お前も災難だったな。』
労わりの言葉である筈なのに、通信越しの相手はひどく愉しそうだ。
「ルルーシュ、笑い事じゃないんだけど」
『ふふっ、そうか? お前にとっては大事でも俺にとっては小事だぞ? スザク』
ため息を吐いて、心底疲れた風にこぼせば、ルルーシュはひどく愉しそうに笑った。高すぎず、落ち着いた艶惑的な声が、鈴のように転がる様はスザクの好きなものであったが、今は喜べなかった。
「……ルル、君知ってたね?」
『俺が知らなかったら、一体誰が知ってる。
ブリタニアの皇室と、他でもないスザクの事だぞ?』
お前の事で俺が知らないことは無いさ、と断言されてスザクは二の句が告げられなかった。
ルルーシュは時々こうやってスザクが油断した隙に、思いきり鋭く研ぎ澄まされた、甘やかな刃を突き立ててくる。それを身体に受けるとスザクは一気に負ける。全面降伏だ。戦う気さえ起こらない。ルルーシュも十分にそれを理解しているから、殊更愉快そうに笑った。

ルルーシュはスザクをからかう時が一番楽しそうにする。今は顔が見えないが、おそらく宮廷に居る人間が見たらさぞかし驚愕する事だろう。以前にも一人、驚きすぎて口に吹くんだ紅茶ごと零していた少女が居た。
自分の関わった時だけ生まれるルルーシュのそういった表情は、スザクにとっても本当に嬉しいものであった。…自分がからかわれているにもかかわらず。
(まったく我ながら救えない…)
ちなみに、それさえも知っているルルーシュには「お前は本当に下僕体質だな」と、かつて笑われたが。
「君が来てくれるなら兎も角……」
『俺が行って何か得になる事があるか?条件次第では考えてやらんでも無いぞ?』
「…ランスロットとかサクラダイトとか、日本の地下資源とか、枢木の血とか――」
『それは既に全部俺のものだな。』
ごもっとも。『お前自分でも言ってて分かってただろう?』と続けられ、本格的にスザクは項垂れた。悪足掻きだとはスザク自身、良く判っているのだ。――もっとも、先の言葉は100%本気だったが。
『お前のものが増えるのは良い事だよ。それだけ『こちら』が有利に動ける。――スザク』
「何?」
声の調子が、名を呼ぶ時だけ変わった。艶を孕んだ、甘やかで、いとも簡単にスザクの熱を煽る、褥の中で発せられる声。スザクだけが、聞く事を赦された、こえ。
『はやく、あいに おいで。』
快楽に酔ってスザクを自分から求めてきた時の様に、遠く離れた場所でルルーシュは吐息を溢した。
そしてそのまま通信を切ってしまう。
「………っ」
思わず前かがみになりそうになって、スザクは必死にそれを堪えた。
情けなさ過ぎる。
きっとそれさえも判っている通信相手は、今頃あちらで爆笑しているに違いない。
容易にそれが想像できて、それなのにルルーシュに望まれて弾む心に、スザクは苦笑を隠せない。随分と嬉しそうな苦笑ではあったが。
空は晴天。雲一つ無い。明日も晴れるだろう。

初めて日本を訪れる客人を迎えるには、ちょうど良い日だ。


明日、スザクの婚約者が日本にやってくる。








2007.01.07