初めて触れた唇は熱かった。
背中に回された腕は強くて温かかった。
迷子になってた子供みたいに、ようやく自分を護ってくれるひとに辿り着けたみたいに、全部明け渡して縋りついた。




ずっと、何かの間違いだって思ってた。
ナリタに行く間中、お母さんは「何かの間違いよ。人違いに決まってるわ」って、あたしの手を握ってて、あたしはそれにただ頷いてばかりいた。
だってお父さん、何も悪い事なんてしてないし、字の綴りも違ってて、それにこれは秘密だったけどゼロの事、好きだった。ちょっとだけ、応援、してたのに。
支援みたいなきちんとしたものじゃなくて、新聞とかゴシップ誌みたいのに記事が出てるとちょっとだけ感心したみたいに息なんかついちゃって。ただそれだけだけど、なんか子供に戻ったみたいな顔してた。
お母さんはそういう反ブリタニア組織みたいのは眉を顰めていたけど、心の何処かでは感謝してた。あたしが、ホテル・ジャックの時に助けられたから。

たすけられた。

そう、助けてくれたのに。
あたしは、あの時も何だか混乱してて戸惑っていただけだったけど、何日も経って、いきなり体験させられた非日常の良く分からない興奮の残滓みたいなものが消えてなくなった時には、漸く助けられたんだって実感できた。
なのに、なんで。
「その、ごめんなさい。シャーリー」
カレン?どうしたんだろう。
「嫌だなぁ、何で謝るの?」
「俺もっ、ゴメン!」
あぁ、そっか、カレンもリヴァルと同じだったのかな。
前に授業中に居眠りした時も「黒の騎士団!」て寝言、いってたし。
でも、そんなのいいのに。そんなの、謝る必要なんて、どこにもない。
だって。
あたしも、やっぱり感謝、してたのに。
なのに、どうしてなんだろう。
どうして。


あたしを助けてくれた人が、あたしのお父さんを殺すんだろう。


「よしなって!
そんな事より、私はアンタの方が心配。ちゃんと泣いた?今ヘンに耐えると、後でもっと辛くなるよ?」
かいちょう。
ありがとう。でも、もう良いの。もう十分、泣いたから。
ルルが、泣かせてくれたから。
抱きしめてくれたから。
ルルが――
「卑怯だ!」
ルルの体温を思い出した途端、他でもないスザク君に言われて、心が一気に竦んだ。
「黒の騎士団は、ゼロの遣り方は卑怯だ!
自分で仕掛けるのでもなく、ただ人の尻馬に乗って事態を掻き回しては審判者を気取って勝ち誇る。
あれじゃあ、何も変えられない。間違った遣り方で得た結果なんて意味は無いのに」
まちがい。
スザク君の声はゼロに対してのものなのに、今まで聞いた事の無い強くて怖い感情の込められた声と、その単語にぎくりと身体が強張った。
突き付けられた。
本当は、自分でも判ってたクセに、見ない様にしてきたのを、つきつけられた。

だって、あたし間違った。

あんな、告白もしてないのに。
あんな状態のあたしを突き放せるわけ無いのに。
あたし、お父さんのことさえ利用して、ルルに縋ったんだ。
卑怯に、ルルの優しさに付け込んだんだ。
ルルに迷惑かけて、間違って、でも、あたしは本当にルルが、本当にずっと前からルルーシュの事が。
それは本当なのに。
なのに、意味は無いって言われちゃって。
ルル。ルルーシュ。そうだ、あたし、ルルに謝らなきゃ。

ルルはずっと俯いてる。
目を、合わせたくないのかな。
どうしよう。声かけてもこっち見てくれなかったら、あたし、どうすれば良いのかな。
ごめんなさい。
ごめんなさいお父さん。
ごめんなさいスザク君。
ごめんなさいルル、あたしは、


「シャーリー」

稚い聲が、響いた。


ルルーシュが、あたしの名前を呼んだ。
おさなくて、いとけない、普段のガチガチに固められたルルの姿からは想像も出来ない声だった。
とても無防備で、今、ルルーシュをいつも護っていた堅い殻とか鎧みたいな空気とか全部無くなっちゃってるのが分かった。その声を聴いた皆が、多分、わかった。あたしだけじゃない、いくつもの息を呑む音が聞こえたから。
ちいさな、こどもの声だった。

たいせつなひとを、うばわれたこどもの、こえだった。

ナナちゃん。
ルルが一番大切に慈しんで護ってるルルの妹の姿が頭に浮かんだ。何でだか分からない。でもきっとこの直感は間違ってない。
ルルはたぶん、ナナちゃんの何かを奪われて、それで、でもこれ以上何も奪われないように彼女を護ってる。
そうやって、ひとりきりで、立ってる。

なのに、それなのに、ルルの、細い腕がゆっくりと上がって。

手を、差し伸べられた。

あたしに。
ナナちゃんを抱えるだけで精一杯のはずの、ルルの二つしかない、その腕が。
信じられなくて、ひゅっ、と息が詰まった。
ルルが、さっきまで俯いてた顔を、その手と同じぐらいゆっくり上げて、あたしを見た。
あたししか、見てなかった。
何時の間にか降ってきた雨に濡れて、女のあたしでさえ嫉妬するぐらいに綺麗な髪が、いつだって見惚れちゃいそうな綺麗な顔に貼りついてた。
その隙間から見えた目が、何よりあたしの大好きな紫色の目が、きずついた、いろを、していて。
なんでだか分からない。
でも、ルルの方がずっとずっと傷付いてて、傷付けられていて。
それが分かっちゃって。

――だめ。
だめだ。縋っちゃいけない。
これ以上、こんなに傷付いてる人に、こんなに泣きそうな目をしている人に余計なものを背負わせちゃいけない。
あたしの分まで、ルルが抱える必要なんて、本当は何処にも無い。
縋っちゃ駄目だ。
ルルに向かってすぐに動き出しそうな足と、縋りそうな腕と、喚き出しそうな口を、歯を食いしばって堪えた。
なのにルルってば、どうして、そんなこえを出すんだろう。
そんな、やさしくて、かなしい、こえを。
あたし、努力してるのに。
これ以上、まちがわないように、ひっしに。


「おいで」


ルルが、泣き出しそうにわらって、あたしを呼んだ。


もう、だめだった。
なんにも考えられなかった。
もつれそうな足を止められなかった。
あんなに泣いたのに、ルルの腕の中に護られて、あたしはまたルルに縋りついて、また泣いた。
まわりに居る皆もルルの痛みも無視して、ただ自分の傷が痛くて泣いた。
虐げられた子供みたいに、か弱くて哀しくて泣き出しそうで無防備になってるルルの、優しい綺麗な腕に包まれて、あたしは泣き喚いた。
もう間違ってるとか、間違ってないとか、そんな事どうでも良かった。
もう、世界にルルしかいなかった。
「    」
耳元で、ルルの声がした。
雨の音と自分の声で掻き消されて、何て言ったのか分からなかった。
でも、きっと、きこえてた。
だから、気付いてしまった。


あたしは、ルルーシュを傷付けたんだ。








2007.01.19 墓守の子守唄end