手を繋いで何処までも。
どこまでも。

どこへでも、いけると思ったんだ。





祈りの言葉が静かに紡がれる中で、立ち竦んでいた。
自分が犯した結果を見ない様にただ俯いて、足下の踏みにじられた草を眺めて。死の証が班列する空間で、それはとても無意味な行為であったけれど。
本当はこの場所に立つ資格すらないのに。
判ってた。
何時かこうなる事は、判ってた筈だった。
それを背負う覚悟ぐらい出来てた筈だった。
力を手にして、動き始めたその時から、何時の日かこんな場面が訪れることは、とっくに理解してた。
なのに、俺は何でこんなに。

「その、ごめんなさい。シャーリー」
バカだな、謝るな。
素性が知れるような発言は控えろ。知られては、いけないんだ。
俺達には謝る権利さえ、何処にも無いんだカレン。
「嫌だなぁ、何で謝るの?」
シャーリーが、言う。
ムリして明るい声を出そうとして、失敗した震えの隠せていない声だ。
そんな声を、出させてはいけないって思うのに、足が地面に張りついて動かないんだ。
立ち竦んで、動かないんだ。

「卑怯だ!」

にくしみの、篭もった声でスザクが叫んだ。
あぁ、しってるよ。
お前は、そう、言うんだな。
「黒の騎士団は、ゼロの遣り方は卑怯だ!
自分で仕掛けるのでもなく、ただ人の尻馬に乗って事態を掻き回しては審判者を気取って勝ち誇る。
あれじゃあ、何も変えられない。間違った遣り方で得た結果なんて意味は無いのに」
そうだなスザク。
お前は何時でも正しいよ。
今、この状況こそが、お前の正しさを証明している。
いつだって正しくて、…でも、正しいだけなんだ。

そんなもの、俺は要らない。

いらないんだよ、すざく。
正しさなんていらない。そんな正しさは必要無いんだ。
母上もナナリーも『弱いから』なんて理由で喪わなきゃいけない正しさなんて、俺には必要無い。
だって、そうだろう?
正しければ、良かったのか。
正しければ、間違わなかったのか。
正しければ、護れたのだろうか。
どんな正義があれば、『間違い』にはならなかったんだろう。
一体誰が、どれだけの正しさを以って、俺の大切な人を護ってくれたんだろう。
利己的な断罪の刃を振り翳す『正義』から、強者だけが与える『正義』から、万人の為と言いながらその実表層の人間しか救わない『正義』から、一体誰が、始めから『間違ってる』俺の大切な人達を護ってくれた?
万人の為の正義なんて、一度も俺達をたすけてくれなかったのに。
手を差し伸べてくれなかったのに。

だから、俺は、俺の望む正義しか、いらないよ。
正しくなくて、間違ってて、卑怯で独り善がりで、万人を救えない正義しか、俺は要らない。
いらない、のに。
なのに。
俺の望みの果てにある結果のひとつが、こうして目の前にあって。何時かはこうなる事も判っていたのに、俺はバカみたいに揺らいでいる。
…理解するのは難しい事じゃない。子供にだって、簡単に判る理屈だ。
誰かを傷付ければその人間の家族を、恋人を、大切な人をも傷付けるんだ。
そうやって俺も、あれほど憎んだ男と、母上を殺した奴等と同じものになるんだと、判っていたんだ。
覚悟があったんだ。
俺の望む世界の為だけに、他人の幸せを壊す覚悟はあったんだ。
クロヴィスを、実の兄をこの手で殺した時から、ずっと。
それ、なのに。

シャーリーが、泣いてるんだ。

ずっと、泣いているんだ。
喪った。
喪ってしまった。
おれが、うしなわせたんだ。
たいせつな、ひとを。
母上を奪われたみたいに、俺が、シャーリーの父親を、奪ったんだ。

「――…シャーリー」
雨が、降ってきた。
すぐに強くなったそれに業と当たるみたいに、腕を動かした。
何を、しているんだ俺は。馬鹿げてる。
ゆっくりシャーリーに向かって延ばされた自分の手を他人事のように見てる自分が滑稽で、笑えた。
「おいで」
酷い、欺瞞だ。
シャーリーの父親をその手で殺しておいて、何も知らないシャーリーに親切面して手を差し伸べる。

最低な、一場面だ。

でも、他に何も知らない。
知らないんだ。
抱きしめる以外の何かを、今はわからなくて。
他に何も、選べなくて。
――縋ってくるやわらかな身体を、ただ抱きとめた。

きっと、シャーリーはゼロを憎むだろう。
俺を恨むだろう。
もし万が一、全部が知られれば、父親を殺した人間の手で抱きしめられたと嫌悪するだろう。
恥知らずにも程がある。

それなのに、俺はこうするしか他に方法を知らないんだ。
どんなに泣かれようと傷付けようと、この望みを捨てる事なんて出来ない。
他の道なんて、もう、選ぶ事が出来ないんだ。
「    」
だから謝罪なんて、出来るわけが無い。
覚悟をしてるなんて言っておきながら、心の何処かでシャーリーに赦されたがっている自分が居て、その醜悪さに吐き気がした。
それでも、微かに動いた口から漏れ出た音は、降り出した雨と、シャーリーの嗚咽に掻き消されて、誰の耳に届く事無く空気に融けた。
震えるシャーリーの背中に他人の血で汚れきった手を回して、自分が傷付けた手の温度をきつく心に刻み付ける。

きっと。俺は。


いつの日か、この優しくて哀しい手をした人達の誰かに殺されるのだ。


縋り付いてくるシャーリーの細い手と、かつての小さな、幼い手を想った。
昔、俺を力強く引き上げてくれた、無垢なる掌。
夢のように、安らかな思い出の中でだけ生き続ける、手。
その手を繋いで何処までも。
どこまでも。
その手があれば、どこへでも、いけると思ったんだ。





もう、手は離れてしまったけれど。








2007.01.19 chant end