『お前の所為で』
心の底から自分を責めた彼だったから、という訳ではなかった。
自分は何時ものように、ただ命じられるまま敵を倒す。――突き刺し、引き裂いて、あの美しいものを蹂躙し尽くすだけだ。
それしか出来ない。
自分には。
誰かを、傷付けることしか出来はしないのだ。
それは既に何年も前から嫌という程自覚させられてきた現実だ。
助けようとした。
そうだ、いつだって、助けたかった。
それなのに自分は決定的に間に合わない。
どれだけ強く地を蹴り付けようと、あらゆる障壁を風よりも鋭くすり抜ける事が出来ようと、どれだけ腕を振り上げようとも辿り着けはしない。
自分はいつも届かない。
『お前が殺したんだ』
だから、その日も「いつものように」どうせ助けられないという絶望にすら至らない虚脱感を脳の奥底に閉め出して、ありったけの破壊衝動を強いて意識して敵に向かって行った。
敵に取りつかれ、半ば取り込まれているような四番機――マーク・フィアーに。
中指と薬指の間から、上と下に青い液体を撒き散らせながら骨格を覗かせつつ2つに裂かれる。あたかも真っ赤な筋肉の繊維までもが一筋ひとすじ、それこそ布地を引き千切るような乱雑さで裂かれていき、露出した骨の白が赤に濡れそぼりながらてらてら輝く。
実際の自分の腕は無事であっても、そんな光景を思わせる現実的な痛みに絶叫しながら『自分』――マーク・エルフの腕が3つに増えるのを目にした瞬間にはシステムによって肘から先の感覚が無くなる。
それでもなお、一瞬でも受けた痛みが脳の一部を痺れさせるのを知覚しながら、そのまま『無い筈』の左腕を振り上げて敵に抉り入れる。
めり込んだ先の感覚は行動と同時に遮断されて、今度は痛みを感じる間もなく『何もない』。
そこを起点に右腕に残った武器を捩じり込もうとした刹那、左足が脹脛の途中から折り紙をくしゃくしゃに握り潰すように、グチャグチャに汚らしく壊されていく。無造作に。
『敵』の攻撃は何時だって見たくないものを消し去るみたいに『何もなくならせる』か、力の摂理も作用も知らぬ子供が力任せに叩き壊すかのような、そのどちらかだ。
脚より先に意識が千切れ飛びそうな痛みが、脳と心臓と、ありとあらゆる場所に伝染していくのを、裏腹に「どうせ直ぐペイン・ブロックが作動する」と考える自分がすぐそこで見ていて、そいつは自分のいかなる痛みも損傷も頓着せずに右腕を振り上げる。
ルガーランスを突き刺せば、酷い圧力が腕を伝う。先端の切っ先がひしゃげていくがそんな抵抗ごと全部捩じ伏せる。
そうして――それは、問うた。
『あなたは、』
問いに、嫌になるほど何回も何回も耳にしてきたその問いに、答えたのはそれが『彼』の声ではなかった事に安堵したからなのか。
そのこえは、女のこえだった。
女神のようにうつくしく、母のようになつかしく、恋人のようにいとおしい、そして慈悲という言葉すら知らぬ幼子のようにいとけない声だった。
決して、同年代の、かつては穏やかに今ではただ険しく自分に話しかけてくる、十代の少年の声ではなかったからだろうか。
(――あぁ、いるさ)
止める声に逆らい、自分はそう答えていた。
(ここで、お前達を壊すために、ここにいるっ!)
ルガーのレールガンを作動させて行く当てのない電子熱量が敵の内部で放出され爆発するのを、今ここに実現させようとしたその時、今までに、島に敵が現れた時から、ずっと、唯一戦い続けている自分でさえ、遭遇した事のない現象が起こっていた。
『あなたが、』
こえが、歓喜するように醜くブレるのを、初めて耳にした。
『そこに、いる』
確かに、『それ』はそう言った。
そして、『それ』があと一歩で完全に同化出来たであろう四番機を、さも興味が失せたとでも言うように、あっさりと放り出して、まるで漸く見付けた我が子を抱きしめるかのようにマーク・エルフにすべての触手を絡み付かせていた。
右手の引き金を引くいとまさえなかった。
その意思が、既に消え失せていた。
あぁ、これが自分の終わりだ。
恐怖は無い。
痛みや悲しみが、敵が、自分という存在が。すべてが圧倒的な速度で消え失せていくのを感じた。
おもいでから、「 」が消えていく。
やはり、かつて目の前で世界中に飛び散ってしまった彼女と同じ場所に行く事は出来ない。
ここで、『いなくなる』から。
『お前が、守ってやれよ』
そう言った、彼はまだ無事なのだろうか。
『時々でいいから、ちゃんと帰ってきてね』
約束を、していたのに。
『一緒に――』
そして、脳のずっと遠いところで、誰かの名前を必死で呼んでいる彼に、どうしても謝りたかった。
(ごめん)
――誰かが、彼に、決して消えない傷をつけた、その事を。
(ごめん。ごめん。…ごめんな、さい――)
彼が、誰かの名前を呼んでいる。泣き叫びながら。
喉が張り裂けて、血を吐き出すように、誰かの、なまえを――。
(なかないで、)
それが、だれなのか。
もう、わからない。
2011.01.28 懺悔よりなお遠く。